2017年12月25日月曜日

38) 「文京ボランティアまつり2017」 11月18日(土)

平成29年度の文京ボランティアまつりの見学に行ってきました。
『絵本をつくる本』(このブログの 37) に掲載)の編集者Mさんと一緒です。

「文京ボランティアまつり」とは、文京区での活動を中心とするボランティアや市民活動団体、またNPOや企業などが、体験や展示 そしてイベントステージやバザー、模擬店などで、遊びも交えて自分たちの活動を来場者に紹介する機会を設け、一方、来場者たちは楽しみながら諸々を体験できる ‘おまつり’ です。


各ボランティア活動への参加(希望)者を増やしたり、おまつりの参加者同士のネットワーク作りのきっかけにする事が目的だそうです。


そうすると・・、先日の『絵本をつくる本』(子供等と一緒にお年寄り達が、楽しみながら ‘自分たちだけの地図’ を作る)をこのボランティアまつりでご紹介したいと言う “我々の提案” の 「どこが趣旨にマッチしていないのか」、反対された理由が解りません。


なぜなら、傾聴ブースでは「色カルタ」(このブログの34)に掲載)を紹介し、他団体のボランティアの方々がゲームに参加していたからです。また、傾聴とはあまり関係があるとは思えない、ネームカードに付けるビーズのストラップまで傾聴ブースで売られておりました・・・。


私はあらためて、自分の目指す「敬聴」活動のあり方を考えました。

ちょうど、今年で「敬聴」ボランティア活動も3年目を迎えました。
私自身の「敬聴」に関するビジョンと「敬聴」にのぞむ ‘姿勢’ の再確認が必要でした。

① 主役は相手(お年寄りたち)。
② お年寄りたちに ‘つかの間’ でも心地よい時間、楽しい時間を提供する。
③ お年寄りたちに寄り添い、心の声を聴く。
④ 言葉にならない声(たとえば、その方の目の動きや表情、微妙なしぐさ等 ) をこころの眼で受け止め、敬って聴くこと。

つまり、相手の感情表現を見逃さずに聴く姿勢。
⑤ 今後は若い人達にも参加して(仲間になって)頂ける活動をする。


さて、今の私はどうでしょうか。きちんと出来ているでしょうか。



                八芳園


              ハウステンボス           


2017年12月15日金曜日

37)『地図をつくる本』

「蓄音機の会」でご協力を頂いたS氏より、彼の知人が出版している『地図をつくる本』について、施設で試して貰えないかという相談を受けました。

本を見せて頂き、私はこころ惹かれました。先ず絵本の色合いが淡くて優しい。そして文章も温かくてわかりやすく、言葉がスーッとこころに入ってきます。

子供の頃 自分が暮らしていた町や村を思い出し、絵本の付録である白い紙に、本に描かれている ‘ 家 ’ をハサミで切ったり ちぎったりして貼り付け、その他、頭に浮かぶ八百屋さんやお魚屋さん、そして駄菓子屋さんやお蕎麦屋さん、また 銭湯や郵便局、お友達の家など等を、絵本の中の様々な色合いの用紙から選んで ちぎったり等し貼っていくのです。

今はもう無くなってしまった建物も含め、自分だけのこころの中にある地図を作っていくのです。 その当時の ‘ 自分 ’ を思い出しながら。
通学路を歩いた時に見た ‘ 草花 ’ やその ‘ 匂い ’、夕方に聞こえてきたお豆腐屋さんのラッパの音なども・・。

自分自身の地図を作りながら、仲良く遊んだ幼なじみの顔を思い出したり、当時の遊び道具を思い浮かべたり。心がなごみくつろぎを感じるかもしれません。
世界でたった一つの自分だけの地図です!こころの旅、時間の旅です。

高齢者にとって、紙をちぎったり貼ったり、いわゆる ‘ 指先を動かす ’ ことは脳の活性化にもつながります。
また、お孫さん達とも一緒に遊び楽しめる ‘ 作業する絵本 ’ なのです。
 

これはお年寄り達の回想法の一つになると私は思いました。

さて・・、でも これを傾聴の会のメンバーにどのように説明したら、ご支持を得られるのでしょうか。難題(?)かもしれません。

(2017年10月4日(水))



地図をつくる本


2017年11月25日土曜日

36) 『なにがなんだか わからないのよ~♪♪』

今日もカズさん(103才 女性)がお出迎えをしてくれました。
お元気そうで、私を見て破顔一笑しました。 
 
私はフロアーに集まっている皆さんに一通りご挨拶し、カズさんのお部屋へ三度目の訪問をいたしました。銀杯との再会も三度目です!
今回はカズさんのお許しを得て、甘酒を入れ青濁色に変色した「100歳の長寿祝い」の「銀杯」を写真(下記)に収めさせて頂きました。(このブログの 7)  と  8) に掲載)
 
そして皆さんがいらっしゃるフロアーに戻ると、キクさん(98才 女性)がしきりに『わたし、近頃、頭が変なの。』と仰っておりました。
『なにがなんだか、わからないの・・・。』と。
 
「頭が変」に関連し、また新たなキクさん語録が生まれました!
キクさん曰く『(人に)‘バカ!’ 等と言われたら、(あなたは)‘ 頭がよくて良いですね。’ と言ましょう。それで相手が喜ぶのなら、それで良いじゃないの。』と。
『人に嫌な事を言われても、良いほうに(解釈し)善意にとればうまくいくわよ。』とも仰いました。
 
そして ひとしきり話を終えると、キクさんは先程の 「何が何だかわからないのよ」に節をつけて歌いだしました。驚きました! 歌になっていたのです。
つられてトシコさん(92才 女性)も、ニコニコしながら一緒に歌いだしました。相変わらず歌が大好きですね、お年寄り達は。
 
この日も他に『東京行進曲』や『籠の鳥』(大正時代のデュエット曲)等を熱唱されました。
因みに、先程のキクさんの口癖 「何が何だか わからないのよ」 は 『*愛して頂戴ね』と言うれっきとした歌でした。 (そんな歌が本当にあったのです!)
 
と言うのは、その日の夕方 この話を「蓄音機の会」のメンバーにした際、『何が何だか わからないのよ~・・・、愛して頂戴ね!』を基に、T氏がネット検索をしてわかりました。
 
*作詞:西條八十
 作曲:中山晋平

 
【歌詞】
ひと目見たとき 好きになったのよ
何が何だか わからないのよ
日暮れになると 涙が出るのよ
知らず知らずに 泣けてくるのよ
ねえ ねえ 愛して頂戴ね
ねえ ねえ 愛して頂戴ね


キクさんはどうもこの ‘恋の歌’ をご自分の最近の状態「何が何だかわからない」 (もの忘れ、少々の痴呆)と混乱しているようでした。
複雑な心境です、実に!
 
その後もお年寄りたちは、次々に『ふるさと』や『四季の歌』などを披露し始めました。
ついに私も一緒に交ざって、合唱に参加してしまいました!
 
私の敬聴も終了時間となりましたが、皆さん 興奮冷めやらぬといった雰囲気でしたので、私が『宴もたけなわではございますが、今日はこれにて失礼させて頂きます。』とおどけてご挨拶すると、皆さま大笑いし大爆笑の渦に包まれました!
 
( 実施日:2017年7月22日(土) 14:00~15:00 )
 

百歳長寿祝いの記念品 甘酒を入れ変色した銀盃

GINZA SIX の草間弥生の新作インスタレーション≪南瓜≫

2017年11月15日水曜日

35)  『100年もの』

カズさん(103才女性)は私の6Fフロアー到着を ‘ 満面の笑み ’ で迎えてくれました。
 
そして私の手を取り、(この日は月一回の回診日だったようで)施設の代表理事長でもあるドクターY先生と看護師さんに ‘ 再度 ’ 私を紹介して下さいました。
先生達は苦笑いし困惑しておりましたが、カズさんはとても満足そうでした。
 
その後 カズさんは6Fフロアーの近況を話して下さり、新しく入所されたお二方のお名前も教えてくれました。
あまりにも正確に新しい入所者の名前を覚えていらっしゃるのには、ビックリでした。
私が思わず 『すごいですね! 何でもよく覚えていらして。』 と褒めると、カズさんは自慢げに 『だって、わたしは100年ものよ!』 と仰いました。
お見事! 何ともユーモアのある103才です!
 
一方、ヨウジさん(91才男性)の所には一人息子さんがお出でになっておりました。
私がお会いするのは初めてでした。それから色々なお話を伺いました・・・。
娘さん(ヨウジさんにとってはお孫さん)はB医大出身のドクターだそうです。
そして、そのご主人も同大出身で現在はリトアニアに派遣されているそうです。
非常に危ない所ですよね。
 
ヨウジさんは私が施設に訪問するようになって以来、一番嬉しそうにみえました。
でも・・ひたすら『(千葉県佐倉市の)第64連隊は(*佐倉と言えば歩兵第57連隊の筈ですが)たいへんだった(辛かった)大変だった。』と繰り返しておられました。
『若くなくちゃ出来ないよ、あんなこと。若かったからできたんだ!』 とも。
私には何のことかはっきりとは分りませんでしたが、嫌な思いをたくさんされたのでしょう・・。
 
それにしても、青春の絶頂期に ‘ 軍隊 ’ に余儀なく入隊させられ、思い出したくないほど辛く、『たいへんだった!』を連呼するヨウジさんのお孫さんが、B医大を出てアメリカに留学中で、またそのお婿さん(義理のお孫さん)がリトアニアに派遣されているとは・・・。
なんとも皮肉な話です。何の因果でしょうか。私はとても複雑な気持ちになりました。

そんな時、介護士さんに車イスを押され、トモコさん(普段は殆ど声を出さず、目を瞑っている92才の女性)がフロアーにいらっしゃいました。
(身体が不自由な辛さからか)泣きべそをかいておられましたが、私が声をかけると微笑んでくれました。嬉です・・。

敬聴の終了後には、フロアーにいらした皆さまから『 ご苦労さま! 』と労われました。
そして、その中でひときわ大きな声で『 ご苦労さん! 』と労って下さったのは、あの  ‘ ヨウジさん ’  でした。
 
(実施日:2017年4月23日(日)14:00~15:00)


ナスカの地上絵 はちどり

2017年11月5日日曜日

34)【番外編】 傾聴講習会 2017年3月21日(火)

「色カルタ(※クオリア・ゲーム)体験」 ~相手の話を色でイメージしてみよう~ に参加してきました。

一般的に認知症の方は、症状の進行と共におしゃれ心が
なくなり、外出せずに薄暗い部屋でぼんやりとする時間が次第に増え、服装を気にすることなく過ごすようになりがちとのこと。
そして全体的に暮らしの中で‘色’に対する興味も薄くなるようである。更に高齢者施設等では環境の変化が乏しく、自分で服などの「色」を選ぶことが無くなっているようである。
しかし眼から入る刺激が低下すると、脳の活性も落ち、認知機能にも悪影響が及んでしまうとの事。「色」を意識することは、気持ちにも彩りが出てくるようである。


今回の講習は「色」を見て選ぶことにより、視覚を刺激しイメージを膨らませ 「思い出」やその時の 「気持ち」 を蘇らせて 「話をする」 きっかけ作りをすると言う内容であった。

※クオリア(qualia)とは、個人の感覚的、主観的な経験に基づく独特の質感のこと。
例えば 「‘青空’のような清々しい感じ」 とか 「‘フルートの音色’のような高く澄んだ感じ」 等など。
然しながら自分がリンゴを見た時に感じる 「」 (その人の感じる‘赤’がクオリア)の感覚は、他の人が感じる 「赤み」 とは限らない。あくまでも個人の主観と感覚なのである。 


実践方法:
①色カルタをテーブルに並べる。
参加者のお年寄りたちに、色カルタ(色の種類は少なくとも100色以上が望ましい)を広げる。 (お年寄りたちに色カルタを広げるのを手伝って貰ってもよい。)
②リーダーが読み札 ( 読み札には 『初恋を色に例えると?』 等とテーマが記載 ) を読む。あるいは単純に 『赤いカルタを取って下さい!』 とか 『黒を取ってください!』 等と言っても良い。
③参加者はその言葉から連想した色を取る。 ( 「赤色」 でも様々な 「赤色」 を用意しておく。 )
④何故その色を選んだか、色のイメージについて会話をする。

※②~④を繰り返して参加者との会話を続けていく。
 
大切なのは参加者との会話を楽しむことで、相手の話をよく聴き、よく話をさせてあげる事。そして参加者の様子に気を配り、話は一人ひとり丁寧に聴くこと。

またその際、必ず一人ひとりの名前を呼んでから話しかけるようにする。
このゲームは早さを競う必要がないので、ゆっくり考えてのびのび話して頂く事。
 
具体的には、ゲームの参加者にテーマ毎に100色位ある色カルタ(カード)から一枚選んで頂き、その方の「状況」や「気持ち」を想像しながら選んだ理由を聴いていくのである。
 
この講習を通して勉強になった事は、私が今まで 「 ‘色’ は共有できるもの」 と思っていたことが、色の見え方や感じ方には個人差があり、また 「色」 にまつわる様々な経験によっても大きく異なる事を知ったことです。 
例えば 『青春時代』 というテーマでも、楽しい思い出がある人は 「明るくキレイな色」 を選び、イジメや嫌な思い出ばかりだと 「暗く濁った色」 を選ぶ傾向があるという事でした。


つまり、その時の状況により 「色」 に対する認識やイメージは千差万別で、かなり異なってくるという事です。
たしかに 『青春時代』 を 「黒」 と例えた方もお出ででしたが、その理由を尋ねると 『学ランの 「黒」 です。』 というお答えでした。
「黒」 は暗くて悪いイメージというのは、余りにもステレオタイプ過ぎますね。 (反省です!)
 
主な効果:
①忘れていた記憶を取り戻すことがある。
②認知症の方の表情がイキイキとしてくる。
③認知症の方の状態も安定してくる。
④参加者の 「人生ものがたり」 を知ることにより、介護者のケアの質も変わってくる。
 
以上でした。

 


京都造形芸術大 はな緒付きスニーカ―




 

2017年10月25日水曜日

33) 『今を楽しめ!』

カズさん(103才女性)から、15年以上もこの施設で掃除婦として働いているOさんを紹介されました。

彼女は現在70才で途中で大病を患たにも拘らず、ずっとこのお仕事を続けているそうです。 
家では80代のご主人が留守番をされており、身体がご不自由にもかかわらず、簡単なお食事の支度をし待っていて下さるそうです。
そして彼女は毎朝5時起きして6時30分には施設に到着。帰宅は毎晩8時半過ぎになると仰っておりました。

 ご夫婦ともすごいです!ご立派だと思いました。 
わたしは彼女から元気をもらった気になりました。 

会話の中でOさんは、『各階の入所者さんを見ていると、よく食べる方は長生きしますね。』 と言っておりました。やはり食欲は生命力に繋がるのですね! 

その後はカズさんの ‘リクエスト’ に応じ、彼女のお部屋に再訪問させて頂きました。
 例の‘変色した銀盃’とも再会を果たしました!

一方、キクさん(97才女性)ですが、 
『何か為さりたい事や食べたい物はありますか?』 と私が質問をすると 
『今はもう何もないわ。年をとると、したい事などみんな無くなってしまうの・・・。』
『(そして) 何にもいらなくなるの・・・。』 とうつろなお顔で仰いました。

 それから私を見据え、『あなたも今のうちに‘食べたいもの’は食べて、‘したい事’はしておきなさいね!』 と返って励まされてしまいました。  

そしてマリコさん(78才女性)ですが、私を見るなり、『草月の先生!』 とまたお呼びになりました。・・・私は機会があればこのフロアーで生け花をお教え出来たら良いなと思いました。

 帰りがけにはカズさんから 『身体に気をつけて元気でね!』 と労われてしまいました。 本来は逆ですよね!?  

余談ですが、  映画 『レナードの朝』 (1990年 ロバート・デ・ニーロ主演) を思い出しました。 医師であるオリバー・サックス著作の医療ノンフィクションの映画化です。

内容は、1960年代に開発されたパーキンソン病向けの新薬 「L-ドーパ」 を投与し、患者らを覚醒させたが、耐性により効果が薄れていった状況が描かれております。

【最初は、ボールや音楽など様々なものを使った訓練により、患者たちは生気を取り戻すことに成功する。更なる回復を目指した医師セイヤーは、パーキンソン病の新薬を使うことを考える。それは顕著な効果をうむ。この成功を踏まえセイヤーは、他の患者たちにも同じ薬を使用してみる。 そうすると期待通り、全ての患者が機能を回復する。そして目覚めた患者たちは ‘生きる幸せ’ を噛み締める。 しかし、その後は病状が悪化し、最後は、レナードをはじめ同じ薬を使った患者たちは、全て元の状態に戻ってしまう。】

ここの皆さまも私が帰った後は、また‘静かな日常’に戻ってしまうのかなと思いました。

         ( 実施日:2017年3月19日(日)14:00~15:00 )



皇居外苑の白鳥

2017年10月15日日曜日

32)番外編 「ユマニチュード」

 「ユマニチュード」とは、フランス語で『人間らしさをとり戻す』という意味で、今から約35年前に体育学を専攻する二人のフランス人、イブ・ジネストとロゼット・マレスコッティによって作り上げられた新しい認知症ケアの手法である。
特別な治療もなく、うつ状態や暴力的になった人へもユマニチュードを通すと、穏やかになることから「魔法のよう」と紹介されることも多い。勿論、ユマニチュードは魔法等ではなく、具体的な技術に裏付けられた誰にでも習得できる介護方法である。

基本は「見る」「話す」「触れる」「立つ」というコミュニケーションを4つの柱とし、150を超える技術から成る。現在フランスでは400を超える医療機関や施設がユマニチュードを導入しており、今ではドイツやカナダなどでも導入され世界中に広まっており、日本にも2011年から導入された。
具体的には4つの手法を組み合わせて行うことで、「見つめながら会話の位置へ移動する」「アイコンタクトが成立したら2秒以内に話しかける」といった150の手法がある。



旧芝離宮恩賜庭園


「見る」
ユマニチュードでも特に大事とされているのは「見る」こと。認知症になると人よりも視野が狭くなるため、先ずは相手の視界内に入り存在を認識してもらうことが大切。
正面(20cmほどの近距離)から、相手と同じ高さの目線で、親しみをこめた視線を送る。ユマニチュードの考案者、ジネスト氏曰く「見ないのは‘居ない’事と同じ」。視線を合わせることで、言葉で説明するよりも早く確実に「私はあなたの味方です」「あなたを大切に思っています」という事が伝えられる。

「話しかける」
ユマニチュードでは、たとえ反応が返ってこない方(但し3秒~3分間位は待つ)に対しても、積極的に聞き取りやすい(大きな)声で話かけ、常にポジティブな言葉を加える。ケアをする時も『今からお口の中を綺麗にしますね』『お口を開きます。さっぱりしますよ。』『綺麗になりましたね、気持ちいいですね。』等と、実況するように優しくゆっくり声がけをする。そうすることで単なる「作業」ではなく、心の通った「ケア」になる。

「触れる」
人間関係を親密にさせる上で、ボディタッチは非常に効果的と言われているが、ユマニチュードでも触れることを推奨している。ケアをする時、相手の背中や手を優しく包み込むように手の平を使い、声をかけながら触れることで安心感を与える。
なお、この時 腕などをつかんだり、無言で触れてしまうと逆効果で、相手に不信感を与えかねない。優しく声を掛けながらそっと触れることが大切。

「立つ」
ユマニチュード考案者のジネスト氏が「自分の足で立つことで人間の尊厳を自覚する。」と語っている通り、ユマニチュードでは最低1日20分は立つことを目指している。立つことで、筋力の維持向上や骨粗鬆症の防止など、身体機能を保つ効果があるのと、他の人と同じ空間にいることを認識することで「自分は人間なのだ」という実感にもつながる。

ユマニチュードケアで「やってはいけない行動」とは
腕などを突然「つかむ」
視界に入りにくい「横」や「後ろ」から声をかける
無理やりに立たせようとする
介護をする立場からすると何気なく行うことでも、認知症を持つ本人にとっては不安や恐怖を煽る行動として捉えられる。ゆえに意識して避ける必要がある。

ユマニチュードの効果とは
認知症の方を「病人」ではなく、あくまで「人間」として接することで、認知症の人と介護者に信頼関係が芽生え、周辺の行動が改善する効果があると言われている。

人は見つめてもらい、誰かと触れあい言葉を交わすことで存在する」というユマニチュード。認知症の方々だけではなく、子供から大人まで全年齢のコミュニケーションでヒントになる部分も多いと言われる。




旧芝離宮恩賜庭園
新宿フィールドミュージアム2017
~朗読と蓄音機と~ 「漱石山房 -硝子戸の中- 」



2017年10月5日木曜日

31) 『お世話されるより、お世話する方が幸せよ!』

この日は風邪が流行っているとかで、施設では風邪ひきの方とひいていない方が遠く離れて座っていらっしゃいました。
介護士さんは気を利かせて、私にもマスクを下さいました。(有難いです!)

 一人ポツンと座っていらしたキクさん (97才女性) の傍に行き 『 いつもいろいろと教えて頂き有難うございます!』 と声をかけると、
『 あらっ、前に (あなたに) 会ったことある?』 とキクさん。
『ええ。ありますよ!』 と私がにこやかに答えると、
『そう? (わたしは) 最近、みんな忘れてしまうの。』 と悲しそうに仰いました。
そして初めてお会いしたかのように話されました。


私が 『キクさんはいろいろと物知りでいらっしゃいますよね!』 と言うと
『昔はね・・・。』 とションボリしてお答えになりました。  
『前回、お話させて頂いた時も色々とアドバイスを下さいましたよ!』 と私が言うと
『あら、そう? 何か貴女に良いこと言ったかしら?』 とちょっと嬉しそうに仰いました。


そして 『もし、貴女に何か良いことを言ったのなら、「昔そんなお婆さんがいたなぁー。」
と思い出してね!』 と付け加えました。

それから何度も 『(わたし、貴女に) 何か良いこと言ったかしら?』 という言葉を繰り返されました。
 

そのうち話は  (大袈裟ですが)  人間関係における会話術に及びました。
『他人と話をする時は断定的な物言いはせず、「○○○と私は思うのですけど・・。」 とか、下手(したで)に出るくらいの方が良いわよ。』 と。
『そして、二つくらい(相手が選べるので) 選択肢を与えて 「○○と言う方法もあるわよ。」 とかね!』 とアドバイスして下さいました。


更に 『決して自分の考えは押し付けないこと。偉そうに言わないことよ!』 と少々背筋を伸ばして仰いました。
キクさんはお話をしているうち、見る見る元気に (シッカリと) なりました。


『辛くて悲しい時には、楽しかった頃の友達を思い出しなさい!』 『私はそうしているの。』 とも。 『感情は顔に出さないことよ!』 と付け加えました。
もうキクさんの独擅場でした!


最後に私が 『 (キクさんは) 生まれ変わったら男性が良いですか、それとも女性が良いですか?』 と尋ねると、
キクさんは 『それは男性が良いわよ!』 と即座に目を輝かして仰いました。


帰りには 『話を聴いてくれてありがとうね!』 と言って、いつまでも手を振って見送って下さいました。


( 実施日:2017年2月4日(土) 14:00~15:00 )




四天王寺 万燈院(紙衣堂)の びんずる尊者

2017年9月25日月曜日

30) キクさん語録! (傾聴の極意?)

新年第一弾のお相手はキクさん(97才女性)です。

この日のキクさんは少々気だるそうでした。おそばに行き 『お元気でしたか?』 とご挨拶すると、『まあまあね・・。でも・・ ね、年をとるとつまらないわ。』 と仰いました。
頭 (記憶力) や体が言うことをきかなくなり、何事にも自信が持てなくなるとの事です。

『キクさんが一番楽しかった時代っていつですか?』 と尋ねると、『山登りをしていた頃かしらねぇ。』 と少し明るいお顔になってお返事を下さいました。
『 (登山道ですれ違うときなど) 見ず知らずの方々とご挨拶を交わすのが嬉しかった!』 とのことでした。

それから暫し ご挨拶や会話についてお喋りをしました。

キクさん曰く 人間関係で大事なことは、
『いつも自分が ‘中心となって’ 会話をするのではなく、相手に話をさせて自分は聞き役に回ること。』 だそうです。
また 『 「じぶんが、自分が・・・。」 ではなくて、お互いに (相手が ) 気持ち良く話が出来るように持っていく (配慮する) ことが大切 』 とのことでした。
それが‘話に花を咲かせる’と言うことだそうです。 (すごく含蓄のある言葉です!)

そして 『 相手やその話を否定的に考えず、なるべく好意的にみること。』
『 (腹が立っても) きつく言わず、にこにこと優しく言うこと。 』 など等。 
つねに柔らかな物腰で、しなやかな人になることが大切との事でした。
私は 「敬聴」 にもつながると思いました。極意とも言えそうです。

更に私が 『 (相手の話の中で) どうしても譲れない時など、どうしたら良いでしょうか?』と尋ねると (結構、わたしは‘マジ’でした!)
キクさんは 『 「(そういう時は) もう少しお互いに考えてみましょう。」 等と言ったらどうかしら。』 とアドバイスを下さいました。
完璧です。以上、キクさん語録でした!

キクさんは私に ‘様々なアドバイス (?) ’ を下さると、生き生きしだし心なしか毅然とし始めて、自信を取り戻したかのように見えました。
人の役に立っているという自負、訓えているという誇りからでしょうか。

一方、マリコさん (78才女性) は相変わらず私のことを 『草月の先生!こんな所に来て頂いて勿体ない!』 等と仰います。

また、カズさん (103才女性) はこの日が入浴の日だったようで、介助の介護士さんに 是非 私を紹介したいと言い張りました・・・。

ただこの日も、中堅の介護士さん (女性) の言葉使いや態度がきつく感じられました。
お年寄りたちがピリピリしておりました。
大変なのは解りますが・・・、ご自身もお年寄りたちも、また私のような部外者も居心地が悪くなり、重苦しいムードになります。
深呼吸などをして、気持ちの切り替えを試みるのは無理なのでしょうか。

お役に立てない私自身にも情けなくなりました。

( 実施日:2017年1月7日(土) 14:00~15:00 )




安倍文殊院(金閣浮御堂霊宝館)

2017年9月15日金曜日

29) クリスマス会♪♪ 『わたくしは150才まで生きたい!』

カズさん(102才女性)は、私のことを安倍晋三総理の秘書だと思い込んでいるようなのです。『大変だったでしょう、この間の外遊は・・・。』 とか 『国会はいま揉めているしね。』 ・・・。など等。

私が否定するも、いつもカズさんは 「大丈夫よ、心得ているわ!」 的な ‘めくばせ’ をしてきます。(困っております、私。)

『伯母さま、○○さん (私のこと) は総理秘書ではないそうですよ!』 と姪御さんがやんわりと打ち消すると、カズさんは姪御さんを手招きして、小声で 『こんなところで、本当のことが言える訳ないでしょ。』 と窘(たしな)めておられました。

102才の女性は頑な(かたくな)です。姪御さんも私もあきらめました・・・。(ふーっ。)

そして話題を変えるように、姪御さんはカズさんに 『伯母さまは、いくつ (何才) まで生きたい?』 と尋ねると、カズさんは、即 『150才まで!』 と明快にお返事をなさいました。

姪御さんは腰を抜かしたような仕草をし、大げさにコケてみせました。そして『それでは、私の方が先に逝ってしまうわ!』 と呆れていました。でも・・・、私は 「カズさんなら生きるかも!」 と思いました。

この日は本ブログをプリントアウトして皆さまにお見せいたしました。すると、皆さまこのブログを食い入るように見て下さり、そして喜んで下さいました。とくに ‘お猿さん親子の写真’ ( 「ごあいさつ」 及び 「第4回目に掲載」 ) は大好評でした!

帰り際 皆さまに年末のご挨拶をしたら、何人かの方々から 『良いお年をね!』 とお返しのご挨拶をいただきました。

(実施日:2016年12月17日(土) 14:00~15:00 )



飛鳥寺( 飛鳥大仏)

2017年9月5日火曜日

28) 『えっ、総理秘書?』

この日(2016年 12月17日)は施設開催の「クリスマス会」の日で、1Fのフロアーには多くの入居者とそのご家族らしき方々が 集まっていらっしゃいました。

介護士さんたちもサンタクロースや白雪姫などのコスチューム姿で、浮き浮きしながら対応におわれていました。

そしてお昼も豪華版だったようで「オムライスにハンバーグ。そしてサラダと果物」等、私もご相伴にあずかりたくなるようなメニューでした。

更に3時のおやつには「ショートケーキ」(美味しそうでした!)というように至れり尽くせりでした。皆さん、それはそれは嬉しそうで、みな 顔文字の ‘にこにこマーク’ 状態でした。
ヨウジさん(90才男性)は鼻の頭とお口の周りに生クリームをつけて頬張っていました。

『長年 見ていると、やっぱり食欲旺盛な人が生き残るのよ。』と介護士さんが仰いました。 「長生きの秘訣は食欲にあり!」 と私は確信しました。

この日、カズさん(102才女性)の所には姪御さん (本当は従弟の娘さんとのこと。) がいらしてました。
姪御さんは 『子供の頃から伯母には、すごくお世話になったので訪ねているの。』 と言っておりました。(ご立派ですね!頭が下がります。)

『昨年までは、毎月外出してコンサート等にも連れて行っていたのよ。』 とも仰っておりました。然しながら、姪御さんは未だに ちょくちょく怒られている (指導されている) とのことでした。

そしてカズさんは姪御さんに 『○○さん (私のこと) に、きちんとご挨拶して!』 と仰ったらしく、私は彼女からご丁寧なお礼を言われました。 『あなたの事は、いつも伯母からきいておりますよ。いろいろとありがとう!』

『ところで、伯母はあなたのことを ‘安倍晋三総理’ の秘書だと言ってきかないのだけど・・。本当?』 と半信半疑なご様子でお尋ねになりました。


姪御さんに『いえいえ、違います!否定しても なぜか
信じて頂けないのです。』と、冷や汗もので答える 私でした。

(実施日:2016年12月17日(土) 14:00~15:00 )





粟 ならまち店


2017年9月1日金曜日

「今日は蓄音機の演奏会 ♫♬」

今日は待ちにまった「蓄音機の演奏会」です! S氏のご厚意により、6Fのお年寄り達に蓄音機の演奏をお聞かせすることが出来ました。

定刻の14時に、S氏及び傾聴の会のメンバーと共にフロアーに到着すると、なんと!いつもの倍以上の方々が、既に椅子に背すじを伸ばしシャンとして(?)座っておられました。

そして、S氏がテーブルの上に蓄音機をセッティングする間、皆さん 何事が始まるのかと興味津々のご様子でした。

演奏が始まると、お年寄りたちの目が輝き、お顔の表情も生き生きとし出して一緒に歌をうたいだしました。盆踊りの定番曲 『東京音頭』 になると、手踊りまでされる方もいらっしゃいました。 皆さんとても嬉しそうでした。

普段 おとなしいミヨコさん(87才 女性)も、リラックスして優雅に足なんか組み、指先で リズムを刻んで、S氏が持参したレコードの曲目を見て、積極的にリクエスト等しておりました。

他にも、曲目のメニューを握りしめ、食い入るように見ている方もいらっしゃいました。なかには、私が知らない古い歌の歌詞を1番から3番まで ‘そら’ で口ずさむ方もお出ででした。

更には、ご自分からは殆ど話などされないマツさん(90才 女性)まで、歌詞のなかの ‘屋形船’ に反応し、『あたしも若い頃には屋形船に乗ったものだよ。』  『美味しいご馳走も食べたよ!』 等と舌をもつれさせながら、昔話をし始めました。在りし日を懐かしむような眼差しでした。

みんな ‘自由’ でした! お年寄りたちの全盛期、華やかなりし頃の姿を垣間見たような気がしました。

ほんとうに 「蓄音機の演奏」 を皆さんに聴いていただき、喜んで頂けて何よりでした。アレンジした甲斐がありました! この 「蓄音機の演奏会」 が施設でも続けられれば良いのですがね・・・。何処からもお金 (補助) が出ないようで歯がゆい限りです・・・。

その頃に 6Fへ回診にいらしたY院長先生は、殊のほか蓄音機にご興味を示され、S氏へ盛んにご質問をされていました。また 若い介護士さんたちも、初めて見る 「蓄音機」 やその演奏に 好奇心に満ちた目を向けて聴いていました。タブレットで写真を撮っている介護士さんもいました。

私なりの満足感に浸っていると、傍らにいたカズさん(103才 女性)が 『○○さん(私のこと)が、この企画をしてくれたんですって?』 と仰いました。 茶目っ気たっぷりに私を見つめ、そのお顔がほころびました。

あらためて ‘音楽の力’ を実感した一日でした。

( 実施日:2017年8月13日(日)14:00~15:00 )






2017年8月31日木曜日

『蓄音機・・・? 聴いてみたーい♪♪』

今日の6フロアーは、おじいちゃん、おばあちゃん達がたくさん座しており、
まさにオールスターキャストでした。
でも・・・、なんだか気だるい雰囲気が漂っております。なぜかしら?

その理由を前回の‘ハエ取りリボン工作’に続き、本日新たな‘段ボール工作’
(今回は薬入れとか)に挑んでいた‘遊び心いっぱい’の介護士Mさんが教えてく
れました。『みんな、昨日の「ゆしまの郷祭り」で ‘はしゃぎ’ 過ぎ疲れちゃったんですよ!』 と。

ハッとしました・・・! あれから1年も経ってしまったのですね。昨年、特別参加させて頂いた「ゆしまの郷祭り」からです。感慨深いです。
 
一方、今日もカズさん(103才 女性)は、飛び切りの笑顔で私を迎えてくれました。そして この日が月一回の回診日であったY院長先生に、さっそく私を紹介し始めました。戸惑うY先生。今回で3度目のご紹介でした。

私はさり気なく先生にご挨拶し、話をそらすために6Fフロアーでの実施を願っている「蓄音機の演奏会」についてお話をいたしました。すると、Y先生やお供の看護師さんはとても興味を示されました。

そしてカズさんは目を輝かせて我々の話に聞き入っています。他のお年寄り達も ‘聞き耳’ を立てておりました。

私としては早く皆さまに 「蓄音機での演奏」 を聴いて頂き、喜ぶお顔を見たいのですが、あくまでも ‘無償でのボランティア活動’ です。歯がゆいのですが、S氏のお返事を待つしかありません。

彼はとても忙しい方で、本職のほかに 「蓄音機」 を普及させる活動を、精力的にされております。そんなご厚意によるボランティアです。催促などできません。決して無理も言えません。私はひたすらご協力頂くS氏の日程調整を待つばかりでした。

そしてカズさんですが 『お久しぶりだわね。(来訪は) いつも土曜日だったでしょ?』 『忙しくて来られなかったの?』 と仰いました。
私が 『先月も伺いましたよ!』 とお返事しましたが、カズさんは 『・・・そうだったかしら?』 等とあまりご納得されていないお顔でした。

でも突として、『あなたは真面目よね。偉いわ! 雨の日だって、風の日だって、雪の降っている寒い日でも (何だか宮澤賢治のようですが。) 訪問して下さって。ありがたいわ!』 等と褒めて下さいました。

一方、キクさん(98才 女性)はご機嫌でした。私が聞いたことのない歌を‘ 鼻歌まじり ’ で歌っておりました。とても楽しそうです。私も聴き入ってしまい、つられて ‘ 鼻歌 ’ での輪唱をしてしまいました!

また 「蓄音機の演奏会」 の話を小耳に挟んだ年配の介護士さんが、興味深そうに『蓄音機での音楽ってどんな感じなの? やっぱり音が全然違うの?』 等と尋ねてきました。皆さま、興味津々なのですね!

黒一点のヨウジさん(91才 男性)ですが、相変わらずマイペース(?)で、ひとりテーブルに向かい 『がんばらなきゃ、頑張らなきゃ。』 としきりに唱えておりました。

今日も盛り沢山の一日でした。

帰りしな、個室のドアが空いていたので目を遣ると、ご体調が悪いのかフロアーには出て来られず、ご自分のベッドで横になっていた80代後半の女性と目が合いました。私が軽く会釈して手を振ると、相手の方もにっこり笑って手を振り返してくれました。なんだか私は嬉しい気分になりました。

( 実施日:2017年6月25日(日) 14:00~15:00 )





2017年8月29日火曜日

「蓄音機の会」とか「落語会」って開催できるかな? その2

帰途につき 『ぜひ 「蓄音機の会」 や 「落語会」 をゆしまの郷で・・・。』 と決意を新たにした私はさっそく行動をおこしました。

先ず 頼りになる友人に今後の ‘話の持って行き方’ などを相談し、そして傾聴の会 「ぞうの耳」 の代表、O氏や理事のMさんに ‘私の思い’ を伝えて開催の許可を得ました。

それから、私もその一員である「昼下がりの蓄音機の会」や「蓄音機の夕べ」の主催者の一人 S氏に連絡をとり、無償でのボランティアをお願いいたしました。(随分、厚かましいお願いでした。)

以下がS氏にお願いした内容です。
『・・・。今回 お尋ねしたいのは、 「交通費も出ず」 「完全なボランティア」 で施設において1時間くらい蓄音機の演奏をお年寄り達におきかせ頂けるかどうかです。虫のいい話で申し訳ございません。

ただ、私達の年代でも、蓄音機の‘音色’にあれ程 感動するのですから、お年寄り達はさぞかし喜ぶだろうと思ったのですが、如何でしょうか? ご協力頂けませんでしょうか。施設で、楽しみの少ない生活を送っていらっしゃるお年寄り達に、束の間でも 「楽しく、幸せな気分になって頂きたい。」 という思いでお願いする次第です。・・・。』

そのお返事は
『・・・。初回はお試しで、無料演奏会にご協力させていただきますよ。先ずは聴いていただきたいです。日程調整させてください。・・・。』 でした。

そして私は 『この度は、私の勝手なお願いにも拘らず、また全くのご奉仕にもかかわらず、お年寄り達に 「蓄音機の演奏」 をお聴かせ頂けるとのこと。本当にありがとうございます!』 とお返事をいたしました。

「蓄音機」が奏でる音楽(SPレコード)を聴いて、カズさんやヨウジさん等、お年寄り達がどんな反応をされるのか、私は想像するだけでとても楽しみになりました!

      ( 実施日:2017年5月20日(土) 14:00~15:00 ) 


2017年8月27日日曜日

「蓄音機の会」とか「落語会」って開催できるかな? その1

定刻にゆしまの郷に到着すると、事務所に施設長がいらっしゃいました。

折角なので、日頃から考えていた「施設で ‘蓄音機の演奏会’ や ‘落語会’ などを催すことは可能かどうか」を、思いきって尋ねてみることにしました。

施設長のNさんは 『6Fフロアー(現在 私が訪問している)でなら 構わないですよ。僕も蓄音機を聴いてみたいなあ!』 等とお返事を下さいました。
「実現できれば良いなぁ。」 と私は思いました。

6Fに着くと、風邪引きの方がいらっしゃるとかで、フロアーでは風邪ひき組と引いていない方々を分けて、少し席を離して座らせておりました。

最初に目が合ったキクさん(97才女性)の傍に行くと、キクさんは ‘にっこり’ と愛想笑いはして下さるものの、私のことは覚えていない(?)ようで、少々怪訝そうに私を見ておりました。

『こんにちは。』 とお声がけをし、私の名前が書いてある ‘ネックストラップ名札’ をお見せすると、『あら、わたし、前に (あなたと) 会ったことあるかしら?』  とキクさん。続けて 『わたし、このごろ頭が変なの・・。』 と覚束なげに仰いました。

そして 『最近、何でも忘れてしまうの。だから貴女のお話にも答えられないの・・・。』 と悲しげなお顔をなさいました。

会話を続けていくと、『家族が誰も来ないの。どうかしたのかしら?』 と不安そうに話されました。 『こんなこと一度も無かったのよ。(家で)何かあったのかしら?』 とても心配そうです。

『こんなに辛い (寂しい) 思いをしたのは初めてよ・・・。だって変だもの。どうして来ないのかしら?』 と何度も何度も繰り返されました。

ご家族のことから気をそらすため、話題を変えて昼食のことを尋ねると、キクさんは 『お昼? わたし食べたのかしら?』 と首を傾げました。(逆効果でした。)『わたし、みんな忘れてしまう・・・。頭が変なの・・・。』

(因みに、壁に貼付してあるメニュー表によると、昼食には 「ねぎとろ丼」 とデザートに「※チョコレートケーキ」が出たようでした。)

キクさんとの会話を聞いていたトシコさん(92才 女性)は、すかさず 『頭が変じゃなきゃ、こんな所に入ってないわよ!』 とホロー(?)しておりました。(哀しいアシスト・・・です。) そして、ご自分は 『チョコレートケーキ、美味しかったわ!』 と嬉しそうに仰いました。

※デザートの「ケーキ」は、その月にお誕生日を迎える入所者全員を祝うため、毎月20日位にお出ししているそうです。(配慮のある施設ですね。)

私が 『チョコレートは ‘若返り’ や ‘あたま’ に良いそうですよ。脳が活性化するんですって!』 と言うと、トシコさんは 『あらっ、じゃあ、たくさん食べなきゃ!』 と笑いながら応じてくれました。

一方、マリコさん(78才 女性)は何故かずっとおへそを曲げており、私がフロアーに到着した際に、何度もご挨拶をしたのですが、そっぽを向かれ続けておりました。(わたし、少々ショックでした・・。)

でも、帰り際に、お傍に行きお声をかけると、機嫌はなおっておりました。
介護士のFさん曰く 『あの人は一番先に自分に声をかけてくれないと僻む(ひがむ)のよ。むくれるの。』 と仰いました。(なるほど、78才の乙女心も難しいものなのですね。)

しかし、その後マリコさんは私がエレベーターに乗り込むまで、手を振り続けてくれました。

帰りがけに私は 『「蓄音機の会」 や 「落語会」など、ここで出来ればいいなぁ。』 と、あらためて思いました。

( 実施日:2017年5月20日(土) 14:00~15:00 )



 


2017年8月25日金曜日

27)【番外編】「回想法」講習会 その2 2016/11/26(土)

【質問方法や禁句】
  
  ① 質問は相手が答えやすいように、具体的な質問をする
  ② 無理に聞き出そうとしない
    過去の記憶が楽しいものばかりとは限らないので、質問をして相手が自ら進ん
で話すようであれば傾聴し、話したがらない場合には質問の内容を変える。
  ③ 間違いを訂正しない
     相手の語ったことが事実ではなくても訂正せずに聴く。大切なのは正確に思い出
すことではなく、過去の記憶をたどることにある。 

つまり、昔を思い出して皆で語り合うことで、「楽しい気分」「幸せな気分」になることをケアに活かすのです。楽しかった時代を思い出す事により、楽しい時間が蘇るのですね。

回想時は相手を静かに落ち着かせて集中させ、急がずゆっくり時間をかけ行うことが重要だとのことです。自然にわき起こる感情を大切にして、無理に言わせようとせずに、黙って観察していることが肝心のようです。

特に、認知症の方への回想法には優しさが大切で、五感を刺激してゆっくり話したり、反復したり、やさしく説明して理解を促すようにすると良いとのことでした。

また、言葉だけではなく、相手に仕草などで表現して貰うことも大切とのこと。
相手の目線に合わせ、顔の表情から「何を感じているか」を読みとり、相手が伝えたい言葉を補ってあげるのも良いそうです。 
つまり、その方の気持ちを大切にし、 ‘こころ’ を聴くということなのですね!

【余談】 恩師であるI 先生が晩年に認知症になりました。

J大学の理事長をご退任される少し前に、I 先生
のお顔を見るため大学病院内にある理事長室に伺いました。励ますためです。
日頃より、先生の奥様から 『○○ちゃん(私のこと)、わたくし(奥様ご自身)のことは良いから、 大学に行ったら、おじいちゃん(I先生のこと)の顔を見に寄ってあげてね!』 と頼まれておりました。 

先生は所在無げにポツンと応接室に座っておられました。長年、傍らの秘書室で目の当たりにしていた‘ 強くて肝の据わった先生 ’とは異なり、落ち着かない様子で、不安げでもあり、とても寂しそうでした。

I 先生は私の顔を見るとにっこりされました。そして、この日 ご自分の脈が速い(ご退任の不安とストレスからでしょうか?)とかで、私の脈を見ると仰いました。
後にも先にも名医に脈を取ってもらったのは初めてでした!
『あんたの方が(脈が)速いから、儂(わし)は大丈夫だ!』 と少し安心されました。
そんなことで恩師に安心して頂けて、わたしは光栄(?)でした! 



スター教授で、政治家や超有名芸能人、そして数々の文化人を診ていらした I先生は、お茶目でウイットに富み、また 「一を聞いて十を知る」 方でした。

私が持っていた ‘野球観戦用の双眼鏡’ をご自分も欲しかったとかで、学会出張の際、飛行機の座席前のポケットに挟んである通販カタログを持ち帰られ、秘書に注文させておりました。
 『あんたの(持っている双眼鏡)より、数倍よく見えるぞ!』 等と自慢しておりました。

本来の先生はこちらが多くを語らなくても、相手の云わんとすることを察し、的確な判断を下す方でした。本当に凄い先生でした。そういう場面を私は何度も目にしました。

この日、私は日頃から何度もお聴きしていた「(I 先生にとって一番良い時代と思われる)シカゴ大学赴任時代」に話を向けてみました。
若き新進気鋭の I 先生が精力的にご活躍されていた時代です。

すると先生の顔が見る間に明るくなり、にこやかになって頬を紅潮させました。そして何度も何度も・・・、シカゴ時代の話を得意げに繰り返しお話されました。私は時の経つのも忘れ、ただただ聴き入っておりました・・。


今思うに、これは回想法の一つだったのでしょう。
無自覚とは言え 「( I 先生にとって)楽しい時間と自信を取り戻すお手伝いができ、本当に良かった。」 と私はあらためて思いました。

私にとっても忘れられない とても濃密な時間となりました。

そして、この歓談がご存命中の I 先生との ‘最後の面会 ’ になりました。


【水飛沫オンステージ】
photo: (c) Hiro K
http://ganref.jp/m/md319759/portfolios