2017年11月15日水曜日

35)  『100年もの』

カズさん(103才女性)は私の6Fフロアー到着を ‘ 満面の笑み ’ で迎えてくれました。
 
そして私の手を取り、(この日は月一回の回診日だったようで)施設の代表理事長でもあるドクターY先生と看護師さんに ‘ 再度 ’ 私を紹介して下さいました。
先生達は苦笑いし困惑しておりましたが、カズさんはとても満足そうでした。
 
その後 カズさんは6Fフロアーの近況を話して下さり、新しく入所されたお二方のお名前も教えてくれました。
あまりにも正確に新しい入所者の名前を覚えていらっしゃるのには、ビックリでした。
私が思わず 『すごいですね! 何でもよく覚えていらして。』 と褒めると、カズさんは自慢げに 『だって、わたしは100年ものよ!』 と仰いました。
お見事! 何ともユーモアのある103才です!
 
一方、ヨウジさん(91才男性)の所には一人息子さんがお出でになっておりました。
私がお会いするのは初めてでした。それから色々なお話を伺いました・・・。
娘さん(ヨウジさんにとってはお孫さん)はB医大出身のドクターだそうです。
そして、そのご主人も同大出身で現在はリトアニアに派遣されているそうです。
非常に危ない所ですよね。
 
ヨウジさんは私が施設に訪問するようになって以来、一番嬉しそうにみえました。
でも・・ひたすら『(千葉県佐倉市の)第64連隊は(*佐倉と言えば歩兵第57連隊の筈ですが)たいへんだった(辛かった)大変だった。』と繰り返しておられました。
『若くなくちゃ出来ないよ、あんなこと。若かったからできたんだ!』 とも。
私には何のことかはっきりとは分りませんでしたが、嫌な思いをたくさんされたのでしょう・・。
 
それにしても、青春の絶頂期に ‘ 軍隊 ’ に余儀なく入隊させられ、思い出したくないほど辛く、『たいへんだった!』を連呼するヨウジさんのお孫さんが、B医大を出てアメリカに留学中で、またそのお婿さん(義理のお孫さん)がリトアニアに派遣されているとは・・・。
なんとも皮肉な話です。何の因果でしょうか。私はとても複雑な気持ちになりました。

そんな時、介護士さんに車イスを押され、トモコさん(普段は殆ど声を出さず、目を瞑っている92才の女性)がフロアーにいらっしゃいました。
(身体が不自由な辛さからか)泣きべそをかいておられましたが、私が声をかけると微笑んでくれました。嬉です・・。

敬聴の終了後には、フロアーにいらした皆さまから『 ご苦労さま! 』と労われました。
そして、その中でひときわ大きな声で『 ご苦労さん! 』と労って下さったのは、あの  ‘ ヨウジさん ’  でした。
 
(実施日:2017年4月23日(日)14:00~15:00)


ナスカの地上絵 はちどり