2020年6月25日木曜日

98) 企画展「護国寺とぶんきょう」と東寺講堂の立体曼陀羅 その2

その話とは・・、男性は定年退職後に一念発起し「巡礼の旅に出ている」という内容でした。その途中で たまたま 格式の高い護国寺を見つけ立ち寄り、また偶然にも私達の「護国寺とぶんきょう」展に遭遇したとのことでした。これも何かのご縁、仏様のお導きだと仰いました。

宙を見つめ、言葉につまりながら語ったのは・・・、

『自分は根っからの企業戦士で家庭を顧みず そのまま定年を迎えた。しかし 最近 大切な一人息子を亡くし、その自責の念から・・巡礼を思い立った。』等。亡くなった理由を詳しくは仰いませんでしたが、息子さんは長い間 引き籠り状態だったそうです。 ‘懺悔の気持ちで巡礼している’ と涙ながらに仰いました。重い話でした・・。

お話を伺っているちに 私は東寺での不思議な そして素晴らしい体験をお伝えしたくなりました。

暫し 沈黙の後、その男性に出来るだけ明るく「護国寺の話ではありませんが、もしよろしければ、私の大好きな東寺講堂でのお話をさせて頂いても よろしいでしょうか。」と切り出しました。
本堂の外に目を遣っていた男性は怪訝そうに私の方に向き直りました。

私は東寺の講堂で 正真正銘とも言える「立体曼陀羅」を見せて頂いた体験をお話しました。

それは勤務先の学術総会への出張で京都を訪れた最終日のことです。連日の早朝会議に疲れ果て、帰京する日 ほんのひと時 訪れた 東寺の講堂。私が講堂に着いたのは拝観受付の終了時間ぎりぎりの16時30分、拝観終了の30分前でした。

その時間帯は観光客もまばらで ゆっくり出来ました。私は講堂を一回りして、拝観者の何人かが腰掛けていた 大日如来を中心に配置された21体の立体曼陀羅の前に(私も皆さまの真似をして)腰をおろしました。すると 瞼が重くなり 疲れのせいで うとうとし寝てしまいました。

暫くすると、重い扉の閉まる音が聞こえ 私はビックリして起き上がりました。講堂の中は真っ暗! 拝観者は私一人だけでした。年配の受付の方にお詫びをし、時間を尋ねると16時55分とのこと。もう時間がありません。私は慌てて「今日はこの講堂だけ 拝観させて頂こうと思い 参りましたが、不覚にも寝てしまいました。もう少し眺めていたかったのに・・残念です。」と言うと、

受付の方は「大丈夫ですよ、まだ5分ありますから。この暗闇で浮かび上がる仏(像)こそが、弘法大師 空海が表現したかった 真言密教 立体曼陀羅の世界ですよ!」と教えて下さいました。

本当に・・そうでした! 目が暗闇に慣れ、木造建築の僅かな隙間から漏れ入る光で仏像が浮かび上がっていました。絶句です。 言葉がありませんでした。
私は涙がでるほど感動しました。

連日 早朝から夕方遅くまで頑張った私に、素晴らしいご褒美を戴いた気がしました。そして東寺の講堂を拝観するなら、この扉が閉まる少し前の時間帯に限ると確信した次第です。

私が話を終えると、その男性は手を差し出し私に握手を求めました・・。彼の目から涙がぽろぽろ流れ落ちました。両手で私の手を握りながら「ありがとう、ありがとう。感銘を受けました。」「素晴らしい話を聞かせて頂き 本当に有難うございました。あなたに会えて良かったです。」「絶対に 夕方5時少し前 東寺の講堂を尋ねます。」と仰いました。

インタープリターとは通訳という意味です。この企画展後に行われた反省会でこの話をすると、指導教授や仲間から「その白装束の方との交流もインタープリターとして最も意味ある行為でしたね!」と言われました。でも、私は 今にして思えば ‘敬聴’ だったような気がしております。

文京区 法眞寺 腰衣 観世音菩薩
樋口一葉像
仏教詩人 坂村真民先生の言葉





2020年6月15日月曜日

97) 企画展「護国寺とぶんきょう」と東寺講堂の立体曼陀羅 その1

先日 faceboookで【7日間のブックカバチャレンジ】というイベントがありました。チェーンメールの一種です。「着物バトン」というのもあったそうです。こんな時期ですから 皆が繋がりを求めているだと思いました。

その6日目(6冊目)にご紹介させて頂いたのが、梅原 猛著『梅原猛の授業 仏教』でした。東寺境内にある洛南中学校で講義した 12回の内容を纏めた本で、表紙は私の大好きな「東寺講堂の立体曼陀羅、国宝の金剛宝菩薩坐像」です。

この本と出合った4年後に 私は毎週土曜日 文京区内の大学に社会人として 5年(初級・中級・上級 講座)ほど通いました。子供の頃から神社仏閣、特に寺院と仏像に興味を持っていたからですが、*インタープリターという文京区独自の資格を得るためでもありました。そこで地域の文化財(古文書や建築、絵画や彫刻〔仏像〕)全般を学びました。ゼミにはもちろん仏像を選びました。

*(文の京地域文化)インタープリターとは、文京区の文化遺産(地域の歴史・美術・建築など)を分かりやすく区民の皆さまに伝える活動をする者のことです。私はその第一期生ですが、最近は学ぶ大学も変わって隔年募集となり 講座期間も半年になったそうで、主に文学(稀に歴史民俗)を学んでいるようです。

我々インタープリターが展示や運営に携わった 企画展の第一弾が「護国寺とぶんきょう」でした。文京区あげての大掛かりなイベントで、20088月30日~9月15日まで開催されました。(延べ来場者数は4,500名)

因みにその後も「江戸時代に生まれた庶民信仰の空間ー音羽と雑司ヶ谷ー (鬼子母神展)」(2010年9月24日~10月5日まで)等があり、私も企画に関わりました。

さて、今回はその企画展「護国寺とぶんきょう」での話です。或る方に(今 思えば)敬聴のようなことをさせて頂きました。

会期中 私たちインタープリターは交替で護国寺につめ、ご来場者に護国寺の建造物や絵画・仏像など文化財の説明や境内の案内役も致しました。その会期中盤に、60代後半の白装束の男性に私は説明を求められました。何か曰くのありそうな方で 少々 私は身がすくみました。

一通り 今回の展示物についてご説明し、特に私が関わり、文化庁の文化財調査官の川瀬由照先生(現在、早稲田大学文学部教授)と共に実地調査をした木造地蔵菩薩立像は念入りに説明させて頂きました。

その他 真言宗豊山派の寺「護国寺」の正式名称である「神齢山悉地院 護国寺」の院号  ‘悉地’ の意味(梵語の siddhi で成就の意。密教で修行によって完成された境地、悟りのこと。)や徳川五代将軍 綱吉の生母、桂昌院由来の「玉の輿」の話(護国寺は綱吉が桂昌院の祈願寺として建立)そして本尊 如意輪観世音菩薩像のご説明等など。

ご説明が終わっても その男性は名残惜しそうに 何かもの言いたげな目をされ・・、そして、訥々(とつとつ)とご自分の身の上話をし始めました。しかも 涙ぐみながらです。さて、私はどう応えたら良いのか・・困りました。





2020年5月25日月曜日

96) 幼稚園での朗読ボランティア

ここ千代田区立K幼稚園は、同敷地内に小学校があるため 小学生との交流が盛んで、そのまま小学校に上がる場合には 環境の変化によるストレスが少なくて良いとの評判でした

また 遊びを中心とした教育のため子供たちが伸び伸びと楽しめる環境、さらに図書館も充実しており 生徒数が少ないこと等も魅力だそうです。初めての幼稚園訪問なので いろいろ下調べをしました。

朗読の先輩たちと小学校入口で待ち合わせをし、園児等のもとへと急ぎました。最近 園舎もきれいになったそうで、園庭やプールもあり素晴らしい環境でした。2階にあがると、可愛らしい園児たちが 今や遅しと私たちを待ちかねていました。とっても可愛いです!

先輩のところには顔なじみの園児たち3人が寄ってきました。とても人懐っこいです。私はよく動き回る そのおチビちゃん達から目が離せなくなりました。
その後 幼稚園の先生に案内して頂いた 朗読(読み聞かせ)の部屋は、清潔でさっぱりとした教室でした。すでに総勢25名くらいの園児たちが、きちんとカーペットや小さなイスに座って待っていました。

打ち合わせ通り、最初は我々3人が園児らの前に立ち『はじまるよ はじまるよ』という定番(らしい)の歌をうたいましたが・・、私はまったくダメでした!それこそ ‘初めて’ きく歌で、しかも「手遊び うた」だったのです。

うたは先輩を横目で見て何とか真似をしましたが「手遊び」は論外です。出来るはずがありません。二つの新しいことを同時に出来るほど 私は器用ではありません。完全にアウエー状態でした。

訪問前に「読み聞かせ 幼稚園訪問の手引!」的なものをネット検索すべきでした。後悔しても 時すでに遅しです。次回の訪問までには、この手遊びを「何が何でも習得しなければ!」と固い決意をいたしました。

冷や汗もので そんなことを考えていると、ふと強い視線を感じました。その視線の先を見やると、なんと 前列の可愛いらしい3才位の男の子が、じっと私を清い目で見つめているではありませんか。その子と目があいました! 

男の子は私から目線を外しません。困りました。私は心の中で「おねがい! 私ではなく、隣の先輩の手遊びを真似て!」と願いましたが・・、だめでした。ずっと私を見たままです。こころの中でため息が漏れました。(もしかして あやふやな振りの私を責めて・・ますか?)

その後は、先輩のIさんが『ふしぎなおるすばん』という絵本をよみ、次に私が絵本の『おなら』(長新太作)を読もうと・・、題名を言うと、今度はおしゃまな おさげ髪の女の子が、「えっ!おなら? ふけつ!」と言い出しました。(オナラの ‘しくみ’ の話なんだけどなぁ。)

またもや難関! 私はまるで園児たちに洗礼を受けているようでした。でも・・この絵本は読み聞かせをしているうちに、園児らも興味を持って聴いてくれました。途中で質問までされました。セーフです。(ふうっ!)

そしてO先輩が絵本『ほしをさがしに』をよみ、続けて先程のI先輩が紙芝居『やさしいまものバッパー』をよみました。素晴らしいです。紙芝居の絵はご自分で描かれたそうです。そして最後に、皆で『とけいのうた』(こちらは童謡ダンスだそうですが)を手遊びを交えてうたい 読み聞かせ終了となりました!

なお、今回の園児は「預かり保育」の子供たちで 週に3日程度 幼稚園に来ているそうです。ここは私が普段 伺っている高齢者施設にはない、萌えたつエネルギーを感じました。私も ‘不思議の国のアリス’ になったような気分で 気持ちもウキウキ、とても楽しいひと時でした。

     ( 2020218() 14:0015:00






2020年5月15日金曜日

95) 傾聴フォローアップ研修 その3 二人の心理学者「アドラー」編

次にアドラーです。
※2アドラーは フロイト、ユングと並び「心理学の三大巨頭」の一人であり、アドラー独自の「個人心理学」は 日本ではその創始者の名をとり「アドラー心理学」と呼ばれている。日本でも2014年の「嫌われる勇気」(岸見一郎・古賀史健の共著による“アドラー心理学”の解説書)をきっかけに広く知られるようになった。「自己啓発の父」とも呼ばれ社会現象になり 今も注目を集めている。

その学説には介護にも役立つ部分があるとのことで私も 早速 読んでみました。
アドラー心理学の基本的な考え方(理論)の概略は以下のとおりです。
*アドラー心理学は広汎にわたりますので、ここでは入門編をご紹介致します。

①人間の行動には目的がある(目的論):
人は過去の経験に囚われ 自分が傷つかないように解釈して自分を納得させている。アドラー心理学はこの過去の原因となった出来事を問題から切り離し、意識を未来志向(目的)に変えることで前向きな行動が出来るという理論。
②人間を分割できない全体の立場から捉えなければならない(全体論):
全体論とは「意識と無意識」「感情と理性」「心と体」は分離出来ないものという考え方。
③人間は自分流の主観的な意味づけを通して物事を把握する(認知論):
認知論とは同じ出来事を経験しても感じ方は人それぞれ違うという考え方。独自の解釈で多様性がある。つまり考え方次第で結果を変えられるという事。「事実」と独自に感じた「認知(感情)」を区別するのが大切。
人間は自分の行動を自分で決められる(自己決定性):
アドラー心理学の自己決定性とは自分の人生は自分で決められるという考え方。「出来事をどのように捉え、解釈し 受け止め 行動するかは 自分次第。」自己啓発によって自分を高めるとする教え。
人間のあらゆる行動は対人関係である(対人関係論):
人の行動・感情はいつも特定の誰かに向けられ影響しあっているという考え方。全ての悩みは対人関係の悩みであるとする。孤独や寂しさを感じたり、他者と比較して劣等感を持ったり コンプレックスに悩んだり。また自分を大きく見せたり卑屈になったり等など。何か行動を起こした時に「周り(相手)にどう思われるか」等と余計な考え方が邪魔をして正しい判断が出来なくなる。この余計な考えを取り払うことが大切。

上記のうち高齢者の介護や傾聴において最も心に留めておきたい項目は⑤です。研修では「勇気が高まる基本の言葉」として「ありがとう(感謝)」「嬉しい(感情)」「助かる(貢献感)」の3つの言葉が挙げられていました。これらは高齢者が「あなたは大切な人!」と感じる言葉だそうです。

人間は他人から「ありがとう」という感謝の言葉をもらうと「自分は役に立った」「貢献できた」と感じ、自らの価値を実感でき勇気が持てるのだそうです。

そう言えば、ゆしまの郷のキクさん(101才 女性)は〝おしぼりたたみ〟(このブログ の77)参照。)が得意ですが、お褒めすると とても嬉しそうなお顔をなさいます。「人の役に立っている」という貢献感なのでしょうかね。

アドラーの説によると、人に必要とされるのは他者への貢献であり、喜びと幸福感をもたらすそうです。また貢献できなくても価値が無いということではなく、人は生きているだけで価値があり 他者への貢献になるそうです。従って目に見える貢献でなくても「*貢献感」を持てれば良いのだそうです。


*貢献感とは「自分は誰かの役に立っている」という自分の感覚であり、貢献感を持てれば自分に価値があると思える。そして自分に価値があると思えれば対人関係の中に入っていく勇気が持てる。それが幸せにつながると言うのですが。
(この部分は今一つ私には分かり難いところでした。)


因みに、アドラーは欧米での評価に比べ 日本では知名度が低かったようですが、近年になり 伊坂幸太郎氏が小説『PK』で また石田衣良氏が小説『美丘』でアドラーの教えに言及するなどで 多方面からの支持を集めているようです。

そしてアドラー心理学を解説した『嫌われる勇気』(岸見 一郎/古賀 史 著, ダイヤモンド社)はベストセラーとなり ドラマにもなったそうです。

       (2020年 2月11日(火) 13:30~16:30)

ナズナ

photo: (c) Hiro K
http://ganref.jp/m/md319759/portfolios

2020年4月25日土曜日

94) 傾聴フォローアップ研修 その2 二人の心理学者「マズロー」編

今回の研修では※1 アブラハム・マズロー(アメリカの心理学者。人間心理学の生みの親と言われている。『欲求5段階説』を提唱。)と※2 アルフレッド・アドラー(オーストリアの精神科医・心理学者。「個人心理学」〔日本では「アドラー心理学」と呼ばれている。〕を構築。)が紹介されました。

いずれも名前だけあげて軽く触れる程度でしたが、興味を惹かれ調べてみることにしました。

※1『マズローの欲求5段階説』とは 人間は自己実現に向かって絶えず成長する
生きものであると仮定し、人間の欲求を5段階に理論化したもの。1段階目の欲求は原始的であり満たされると、次の2段階目の欲求を満たそうとする 基本的な心理的行動を表している。上の段階にいく程 高次な欲求と言われています。

第1段階:生理的欲求(食欲・排泄欲・睡眠欲など、生きていくために必要な基本的本能的な欲求。)

第2段階:安全欲求(安心・安全な暮らしへの欲求。)

第3段階:社会的欲求(友人や家庭、会社から受け入れられたい欲求。「愛情と所属の欲求」とも表現される。この欲求が満たされない状態が続くと、孤独感や社会的不安を感じやすくなり、時には鬱状態に陥るケースもある。)

第4段階:承認欲求・尊重欲求(他者から尊敬されたい、認められたいと願う 内的な心を満たしたい欲求。この欲求が妨害されると、劣等感や無力感などの感情が生じる。)

第5段階:自己実現欲求(自分の世界観・人生観に基づいて「あるべき自分」になりたいと願う欲求。潜在的な自分の可能性の探求、自己啓発行動、創造性の発揮などを含み 自己実現の欲求に突き動かされている状態。)

※補足:自己超越(晩年 マズローは5段階の欲求階層の上に「自己超越」の段階があると発表した。自己超越とは "目的の遂行・達成のみをピュアに求める" という領域を指し、見返りを求めず自我を忘れ ただ目的のみに没頭するさま。)

具体的な例としては、
①日々の食事やトイレ介助等は第1段階の生理的欲求を満たす。
②一つひとつの介助で声掛けをし丁寧な介助を行うことや笑顔で接し、怖い思いをさせないこと等は第2段階の安全欲求を満たす。
③皆で談笑できるような環境作りや気心の知れた人間関係は第3段階の社会的欲求を満たす。
④ゆっくり傾聴する。名前を呼ぶ。目を合わせて挨拶をする。お手伝いをして貰いお礼を言う等は第4段階の承認欲求を満たす。
⑤趣味活動を行う。行きたいところに外出する等は第5段階の自己実現欲求を満たす。

老人介護においては 彼らの加齢による喪失体験や置かれている状況などを加味しつつ、これらの欲求を理解して対応することを求められます。
ゆえに 介護に携わる人は その高齢者がどの欲求段階にあたるのか、どの部分に注力するべきなのかを考えるきっかけにしているそうでした。

この『マズローの欲求5段階説』はお年寄りの心理や欲求を理解し、ケアにあたる為の知識として、介護福祉士国家試験にも出題されるとのことです。

          (2020年 2月11日(火) 13:30~16:30)

「西大山駅」

「日本最南端の駅 黄色ポスト」


2020年4月15日水曜日

93) 傾聴フォローアップ研修 その1「ユマニチュード」

傾聴の会 ぞうの耳の「 傾聴フォローアップ研修」に参加してきました。
今回のテーマは「居心地よい時間を共有するための傾聴~認知症の人に寄り添う~」です。

先ずは「高齢者の気持ちを考える」という項目でのワークショップでした。
言うまでもなく、これは我々傾聴ボランティアが日頃 一番心に留めていることです。そして私の傾聴スタンス「高齢者に対し敬意を払ってお話を伺う」という まさに「敬聴」そのものでした。われわれ参加者で傾聴の留意点を述べ合いました。

その後は、傾聴の基本姿勢である「*1受容」「*2共感」「*3自己一致」等の再確認でした。
*1受容:相手の話をそのまま否定も肯定もせず、また善悪や好き嫌い等の評価を加えずに関心を持って聴く姿勢。(話し手は安心して話ができる。)

*2共感:価値観の異なる相手との話を 相手の気持ちや立場にたち 理解に努める姿勢。    
*3自己一致:聴き手自身が心理的に安定し ありのままの自分を受け入れ、率直な気持ちと態度で相手と向き合う。そして相手に対しても自分に対しても真摯な態度で聴くこと。

そして、メインは認知症ケアの手法「ユマニチュード」についてでした。
でも・・、これは私が既にこのブログ32)の番外編「ユマニチュード」で記載しております。研修では民放番組を録画したビデオを参加者全員で見ました。

実は私、2014年05/10放送のTBS 報道特集「ユマニチュードで認知症と向き合う」と2017年04/26放送のNHK Eテレ「ハートネットTV“やさしさ”の技術が地域を変える? ―認知症ケア・ユマニチュードの導入目指す福岡市の試み―」の二番組を既に見ておりました。ビデオも持っております。

【このブログ32)「ユマニチュード」から抜粋】
基本は「見る」「話す」「触れる」「立つ」というコミュニケーション 4つを柱とし150を超える技術から成る。日本には2011年から導入されている。具体的には4つの手法を組み合わせて行う。

「見る」
ユマニチュードで特に大事とされているのが「見る」こと。認知症になると
視野が狭くなるため、先ずは相手の視界内に入り 存在を認識してもらうことが
大切。正面(20cmほどの近距離)から相手と同じ高さの目線で、親しみをこ
めた視線を送る。そうすると言葉で説明するよりも早く確実に「私はあなたの味方です」「あなたを大切に思っています」という事が伝えられる。
「話しかける」
ユマニチュードでは 例え反応が返ってこない方(3秒~3分間位は待つ)に対しても積極的にポジティブな言葉で優しくゆっくり聞き取りやすい声で話かける。
「触れる」
ユマニチュードでは 人間関係を親密にさせるボディタッチを推奨している。相手の背中や手を優しく包み込むように手の平を使い 声をかけながらそっと触れる。
「立つ」
自分の足で立つことにより 人間の尊厳を自覚する。立つことは筋力の維持 向上や骨粗鬆症の防止にもなり、身体機能を保つ効果がある。また他人と同じ空間にいることを認識することで「自分は人間なのだ」という実感にもつながる。

そして ユマニチュードケアで「やってはいけない行動」は以下の3点。
・腕などを突然「つかむ」
・視界に入りにくい「横」や「後ろ」から声をかける
・無理やりに立たせようとする

ユマニチュードの効果は
認知症の方を「病人」ではなく、あくまで「人間」として接することで、認知症の方と介護者間に信頼関係が芽生え 周辺の行動が改善すること。

いずれにしても テクニックではなく、相手に寄り添い 心地良い関係の中でリスペクトを忘れずに敬意を払ってお話を聴くことだと私は思います。

今回 ユマニチュードの再認識はそれなりの意味はありましたが、それよりも 傾聴メンバーが現場で どのような新しい発見をされたのか、“気づき” はあったのか等を私は話し合いたかったです。

                      (2020年 2月11日(火) 13:30~16:30)


「菜の花」

「熊本県宇城市 三角東港」



2020年3月25日水曜日

92) 敬聴の達人 T大学学長の教え

K介護付き有料老人ホームに入居されているカツコさん(85才 女性)のお話です。

大会社の会長夫人であるカツコさんはいつも大きな本物のジュエリーを身につけていらっしゃいます。また大変にオシャレな方で、宝石類のアクセサリーの他、ファッション全般にご興味がお有りになるようでした。それゆえに 敬聴に伺う際 私がつけているアクセサリーや洋服などにも関心をお寄せになります。

一度 私が誕生石であるパールのネックレスを着けて伺った際は「それは ‘ミキモト’ ?」と尋ねられ 戸惑った記憶があります。「いえいえ、普段使いですので ‘ミキモト’ ではありません。」とお答えしましたが・・。また 別の日には、私の小さなダイヤの指輪や馬のペンダントをご覧になり「それ、見せて!」とお願いされたこともあります。

そして私が少々 都会的(シック)な装いで伺った時は「その服はどこのブランド?」と訊かれました。等々。そのオシャレなカツコさんは、ネイルも銀座のサロンに行きネイリストさんに塗って頂いているそうです。「あなたは何処のサロンにいらしているの?」と真顔で訊かれたこともありました。

嫌味なのではなく カツコさんの ‘ご興味のあらわれ’ と思って私は聴いてます。

或る日、この話を友人にすると「あらっ、(敬聴のために)老人ホームに行く時も、そんな風にオシャレをして行かなければならないの?」と逆に質問されました。(私がジュエリーをつけるのは もちろんオシャレのためでもありますが、一種の魔よけです。美輪明宏さんの影響ですが。)

ただ、ファッションに興味を持たれているカツコさんに対し、お話のきっかけ・糸口としてアクセサリー等も良いかなと私は思っております。

この時、今は亡き北陸の国立大学の学長だったT先生を思い出しました。(このブログの49)参照。)先生はそのIQ値がご出身の旧帝国大学で 未だ破られていない程のスーパーブレインの持ち主でした。でも・・、見た限りでは普通の庶民的で気さくなお爺さんでした。そして学長退職後には同県の介護老人保健施設(老健)の施設長になられました。

ある学会でお目にかかり お茶をご一緒した折にこんなお話を聴かせて下さいました。私が10年余り両親を介護していたと告げた時のことです。
当時 現役の老健施設長だったT先生は、真面目なお顔で『オレはなぁ、施設長として一つだけ守っていることがあるんだ。・・。』 と切り出されました。

『オレなんか大したことは出来ないけど、毎月一日だけ 一人5分間だけど、全ての入所者さんとの面談の時間を設けているんだ・・。相手が痴呆であろうと話など出来ない(病気で喋れない)人だろうと、5分間は ‘その人だけとの対面の時間’ にしているんだ。』といつもの気どらない 温かい物言いで仰いました。

その施設は当時 認知症の方40名を含めた総勢100名の方が入所されていました。一人5分間なら具合の悪い方を除き半数位だとしても、4~5時間はかかります。まさに一日仕事です。凄いです。

ある痴呆の女性は、5分間何も喋らずに ただ毎回 先生のネクタイばかりを見つめているそうです。ネクタイにどんな思いがあったのでしょうか。彼女のために 普段は決して ‘オシャレ’ とは言い難い先生は、毎回 ネクタイを替えていると仰いました。(因みに その ‘オシャレなネクタイ’ はパリ在住の姪御さんが、毎年 先生のお誕生祝いにプレゼントして下さったものだそうです。)

・・・その方に合った敬聴、寄り添い方が大切だと私は思いました。

T先生のような ‘ 情け深い’ 施設長にめぐり遇えた入所者さん達は、さぞかし幸せだろうと 私は心から羨ましく思いました。また同時に T先生こそ「敬聴の達人」だと気づきました。今回、その教えをあらためて・・嚙み締めました。

                      ( 2020年1月14日(火) 16:00~17:00)


photo: (c) Hiro K
http://ganref.jp/m/md319759/portfolios