2020年8月15日土曜日

101)青森ねぶた祭(N先生と幹おばあちゃま)その3

ねぶた祭の観覧席(25席くらいを確保)に着くと、奥様は 早速 リュックと手荷物をおろし、我々がお借りするトイレの交渉のため 向かいのビルに向かいました。
そして 交渉から戻られると、今度は持参したペットボトルと冷凍ミカンを集まった皆に配り始めました。

素晴らしい行動力と気配りです。段取りがよく キビキビとされています。さすがN先生の奥様! 化粧っ気はないのに とてもとてもお綺麗で知的な方でした。

さて、いよいよお祭り本番。
国の重要無形民俗文化財にも指定されている「青森ねぶた祭」は、勇壮な伝説・歴史上の人物を模した人形の光眩しい ‘山車灯籠’ が引き回され 厳かであり壮観でした。

そして その周りを取り囲んだ 跳人(ハネト)と呼ばれる踊り手たちがラッセーラー、ラッセラー!』と威勢のよい掛け声をあげながら、お囃子の音に合わせて飛び跳ねます。息を呑むほどの迫力と熱気に私は圧倒されました!興奮し完全に時間を忘れました・・・。


熱狂の一夜が明け、今日は青森観光です!
『私もご一緒して よろしいかしら。』と幹おばあちゃまが ‘はにかんだ’ ような笑顔で仰いました。(幹おばあちゃまが青森観光にご一緒して下さるの? 嬉しい!)『もちろんです。 よろしくお願いいたします!』と私は即座に答えました。

幹おばあちゃまは清楚な白いブラウスとベージュのスカート姿です。薄化粧で 淡い紅も差されていました。可愛らしい帽子も被られて。とてもオシャレです。私は自分のブルージーンズと紺柄のポロシャツが 少々 恥ずかしくなりました。

でも、幹おばあちゃまは『あなたのお帽子 ステキね! 良く似合っているわ。青森では そんなオシャレなお帽子(黒とベージュのリバーシブル)は売っていないの。』と褒めてくださいました。

因みに、後日 幹おばあちゃまは私と同じ帽子を購入され、私達はお揃いの帽子を持つ(被る)ことになりました。(気に入って頂き光栄でした!)

楽しいドライブでした!40~50分程 運転され信号待ちの時、先生は「○○君(私のこと)悪いなぁ、俺が手術した患者さんの家がこの近くだから、ちょっと顔を見てくるわ。」と仰って車を歩道側に寄せて停め、数年前に執刀されたという患者さん宅に出かけて行きました。

私はビックリしました!そんなDr. コトー (フジTVのドラマ『Dr. コトー診療所』山田貴敏の漫画を原作、吉岡秀隆主演) のような心優しいお医者さんがいらっしゃるとは。何だか嬉しくなりました。そしてN先生の患者さんは幸せだなあとつくづく思いました。

その患者さんの家は海藻(わかめ)せんべい店だそうで、幹おばあちゃまは「患者さんからの頂き物はしないんですの、みんなお断りして。」「でも、その患者さんは『(先生に)とてもお世話になったから、ご自分が作ってるせんべいなので 是非とも先生に食べて頂きたいって。』そう言って聞かないんだそうです。息子も困っておりました。」

そして小声で「それで一度だけ頂いたんです。でも・・、あまり美味しくないんですの。」と屈託のない笑顔で申し訳なさそうに仰いました。

その後の車中での話もたいへん面白く、因みにN先生はハンサムなスキンヘッドで美声の持ち主。そして豪放磊落な方です。その風貌から何度も僧侶に間違われたそうです。(私、納得です。)

【そのエピソードを一つ】
お知り合いの方の法要に行かれた際、係の方から ‘ふつうに’ 僧侶席に案内され、本物の僧侶がいらっしゃるまで、そのままその席についていたとか。幹おばあちゃまはユーモアたっぷりに、笑いながら教えて下さいました。
 
そうこうしているうちに龍飛岬に到着しました!

文京区 麟祥院前 春日局像



2020年7月25日土曜日

100)青森ねぶた祭(N先生と幹おばあちゃま)その2

「いま 無事に○○君(私のこと)、到着! これから ‘ねぶた小屋’ に案内してから帰るから!」と、N先生は先ずご自宅の奥様に電話をなさいました。

そして その魅力を色々な方から伺っていた(経歴というか 生き方が素晴らしい)ご長男からベストセラーの印税でプレゼントされたと言う ご自慢の車で 青い海公園にある ‘ねぶた小屋’ に向かいました。

ねぶた制作小屋には、今夜 出陣するたくさんの大型ねぶたが所狭しと立ち並び 待機していました! TVで見たものとは違い、本物のねぶたは圧巻で、その迫力に早くも私は圧倒されました!夜のねぶた祭が待ちきれなくなりました。

ねぶた小屋を30分程で引き揚げ、いよいよN先生のご自宅訪問です。

「ただいま!」と先生は声をかけ玄関のドアを開けて下さいました。私が促されて中に入ると、にこやかな笑みを浮かべ先生のお母さま(幹おばあちゃま)とステキな素敵な奥様がお出迎えをして下さいました。感激して緊張がうすれ、温かい気持ちになりました。

幹おばあちゃまは清楚な白いレースのブラウスと紺のスカート姿でした! それはそれはチャーミングな方で、ミス本郷だったのも頷けます。
素敵!きれーい!可愛らしい!まるで女優の八千草薫さんのようでした。理想のおばあちゃまでした。

リビングに通され 椅子に座ると、少しして 先生が「○○君、シャワーでも浴びるかい?」と尋ねました。(なんと・・! 突拍子もないことを。‘よそさま’ のお宅で、いきなりシャワーなんて・・・。)遠慮してお断りすると、

奥様まで「そうね。暑かったでしょう。シャワーを浴びて、一息ついてそれから出かけましょう!」と仰いました。幹おばあちゃまはにこにこと私をご覧になっていらっしゃいました。結局、シャワーを浴びさせて頂きました・・私。

本当に和やかな温かいご家族でした。会食の時間まで お茶を戴きながら談笑し、その後、静岡で病院長をされている 先生のご学友夫妻と合流する お寿司屋さんに向かいました。ご友人夫妻とN先生ご夫妻 そして幹おばあちゃまと私の6人で歓談しながら 美味しいお寿司を頂きました!

N先生の奥様は 冷凍ミカンやおつまみ、お菓子等が詰まって パンパンに膨れ上がったリュックを背負い、両手にはたくさんのペットボトルが入った袋を下げていました。私が持とうとすると断られました。N先生が助っ人でした。20人分位はありそうでした。

私は幹おばあちゃまの歩調に合わせ ゆっくりとお話を伺いながら 手をつないで後について行きました。

先生のやんちゃな子供時代の話(永代橋のアーチ部分に登り なかなか降りてこず大変だった!)や二つ下の弟さんとの兄弟愛(早くにお父さまを亡くされ、弟さんは何処へ行くにも先生に纏わり付いていたそうです。)等など。とても温かくて微笑ましいお話ばかりでした。そのウイットに富んだ話術に 私は敬服いたしました!

そうこうするうちに・・、ねぶた祭の会場に到着しました。 会場はすでに大勢の見物客で埋めつくされていました!







2020年7月15日水曜日

99)青森ねぶた祭(N先生と幹おばあちゃま)その1

コロナ禍により ここ数ヶ月間は高齢者施設での敬聴や朗読、また幼稚園での読み聞かせボランティア活動は休止状態です。

そこで 両施設が再開され 敬聴や朗読、読み聞かせ活動が出来る日まで 番外編として 今まで巡り会った魅力的な方々との ‘ちょっといい話(思い出話)’ を書かせて頂きます。

第一回目は、医学系学術団体で論文の編集をしていた時に、懇意にして頂いたN先生とそのお母様 幹おばあちゃまのお話です。

N先生とは先生が北陸の国立大学に勤務され、学術総会の開催校として担当責任者になられ、一緒にお仕事をさせて頂いた折に 知り合いました。そのご縁で後々も親しくさせて頂きました。因みに、N先生は このブログ 92) 「敬聴の達人 T大学学長の教え」のT学長先生のお弟子さんです。

総会から数年後、N先生から「〇〇くん(私のこと)、ねぶた祭を観にに来ないかい? 凄いぞー。 (恩師)○○先生や医局員、俺の大学の同級生も来るんだぞ。」とお誘いを頂きました。是非 行ってみたいお祭りの一つでしたので、私はお言葉に甘え 二つ返事でお受けさせて頂きました!

が・・その後、先生から「宿だけど、俺んち、泊れよ!」とのお電話を頂きました。浅虫温泉に宿泊のはずが、都合により先生のご自宅に変更になったとのこと。「(えっ、おれんち? 先生のご自宅に・・泊るの?私。)」 目が点になりました。電話口で返事に窮し、困っていると、

「大丈夫だよ。(家族は)みんな 良い人 だから!」と、屈託のない先生。断り切れず・・受けてしまいました!

当時アルバイトに来てくれていた友人に顛末を話すと「大丈夫、大丈夫! ○○さん(私のこと)なら。おばあちゃんがいらっしゃるのなら なおさら大丈夫! 敬聴、得意だもんね!」と これまた呑気に太鼓判を押してくれたのでした(!?)

その後すぐに 先生から大きな封筒が送られてきました。お人柄そのもので、封筒いっぱいに大きく私の宛名が書かれており、中には日程表と青森観光名所の各種パンフレットまで同封されていました。そして何より驚き感動したのは、そのカバーレターでした。

「○○○○君(私のフルネーム)へ 歓迎! ねぶた祭ツアー ようこそ青森へ! 」と書かれていました。その紙面からはファンファーレが聴こえ クラッカーから飛び出た 紙テープや紙ふぶきが見えるようでした。そして下段には綿密なスケジュールが記載されていました。(さすが脳外科医!)

またお祭りの翌日の欄には、先生(おんみずから)が車で名所案内と記されていました。所謂(いわゆる)アッシー君をして下さると言うのです。(たいへん恐縮でした。)

そしてそして・・、いよいよ 青森ツアーの第一日目。
N先生は麦わら帽子を被り、短パンにTシャツ、ビーチサンダルという姿で新青森駅のや改札口までお迎えに来て下さいました。(・・私。)そして 私を見つけると 大きな声で「おおい!○○くん、ここだ、ここだ!」と手を振って合図をなさいました。

周りの方々が振り向く程の・・大音声で です。いつもの ‘満面の笑み’ で。当時、先生は大きな県立病院の病院長でした!


伝通院




2020年6月25日木曜日

98) 企画展「護国寺とぶんきょう」と東寺講堂の立体曼陀羅 その2

その話とは・・、男性は定年退職後に一念発起し「巡礼の旅に出ている」という内容でした。その途中で たまたま 格式の高い護国寺を見つけ立ち寄り、また偶然にも私達の「護国寺とぶんきょう」展に遭遇したとのことでした。これも何かのご縁、仏様のお導きだと仰いました。

宙を見つめ、言葉につまりながら語ったのは・・・、

『自分は根っからの企業戦士で家庭を顧みず そのまま定年を迎えた。しかし 最近 大切な一人息子を亡くし、その自責の念から・・巡礼を思い立った。』等。亡くなった理由を詳しくは仰いませんでしたが、息子さんは長い間 引き籠り状態だったそうです。 ‘懺悔の気持ちで巡礼している’ と涙ながらに仰いました。重い話でした・・。

お話を伺っているちに 私は東寺での不思議な そして素晴らしい体験をお伝えしたくなりました。

暫し 沈黙の後、その男性に出来るだけ明るく「護国寺の話ではありませんが、もしよろしければ、私の大好きな東寺講堂でのお話をさせて頂いても よろしいでしょうか。」と切り出しました。
本堂の外に目を遣っていた男性は怪訝そうに私の方に向き直りました。

私は東寺の講堂で 正真正銘とも言える「立体曼陀羅」を見せて頂いた体験をお話しました。

それは勤務先の学術総会への出張で京都を訪れた最終日のことです。連日の早朝会議に疲れ果て、帰京する日 ほんのひと時 訪れた 東寺の講堂。私が講堂に着いたのは拝観受付の終了時間ぎりぎりの16時30分、拝観終了の30分前でした。

その時間帯は観光客もまばらで ゆっくり出来ました。私は講堂を一回りして、拝観者の何人かが腰掛けていた 大日如来を中心に配置された21体の立体曼陀羅の前に(私も皆さまの真似をして)腰をおろしました。すると 瞼が重くなり 疲れのせいで うとうとし寝てしまいました。

暫くすると、重い扉の閉まる音が聞こえ 私はビックリして起き上がりました。講堂の中は真っ暗! 拝観者は私一人だけでした。年配の受付の方にお詫びをし、時間を尋ねると16時55分とのこと。もう時間がありません。私は慌てて「今日はこの講堂だけ 拝観させて頂こうと思い 参りましたが、不覚にも寝てしまいました。もう少し眺めていたかったのに・・残念です。」と言うと、

受付の方は「大丈夫ですよ、まだ5分ありますから。この暗闇で浮かび上がる仏(像)こそが、弘法大師 空海が表現したかった 真言密教 立体曼陀羅の世界ですよ!」と教えて下さいました。

本当に・・そうでした! 目が暗闇に慣れ、木造建築の僅かな隙間から漏れ入る光で仏像が浮かび上がっていました。絶句です。 言葉がありませんでした。
私は涙がでるほど感動しました。

連日 早朝から夕方遅くまで頑張った私に、素晴らしいご褒美を戴いた気がしました。そして東寺の講堂を拝観するなら、この扉が閉まる少し前の時間帯に限ると確信した次第です。

私が話を終えると、その男性は手を差し出し私に握手を求めました・・。彼の目から涙がぽろぽろ流れ落ちました。両手で私の手を握りながら「ありがとう、ありがとう。感銘を受けました。」「素晴らしい話を聞かせて頂き 本当に有難うございました。あなたに会えて良かったです。」「絶対に 夕方5時少し前 東寺の講堂を尋ねます。」と仰いました。

インタープリターとは通訳という意味です。この企画展後に行われた反省会でこの話をすると、指導教授や仲間から「その白装束の方との交流もインタープリターとして最も意味ある行為でしたね!」と言われました。でも、私は 今にして思えば ‘敬聴’ だったような気がしております。

文京区 法眞寺 腰衣 観世音菩薩
樋口一葉像
仏教詩人 坂村真民先生の言葉





2020年6月15日月曜日

97) 企画展「護国寺とぶんきょう」と東寺講堂の立体曼陀羅 その1

先日 faceboookで【7日間のブックカバチャレンジ】というイベントがありました。チェーンメールの一種です。「着物バトン」というのもあったそうです。こんな時期ですから 皆が繋がりを求めているだと思いました。

その6日目(6冊目)にご紹介させて頂いたのが、梅原 猛著『梅原猛の授業 仏教』でした。東寺境内にある洛南中学校で講義した 12回の内容を纏めた本で、表紙は私の大好きな「東寺講堂の立体曼陀羅、国宝の金剛宝菩薩坐像」です。

この本と出合った4年後に 私は毎週土曜日 文京区内の大学に社会人として 5年(初級・中級・上級 講座)ほど通いました。子供の頃から神社仏閣、特に寺院と仏像に興味を持っていたからですが、*インタープリターという文京区独自の資格を得るためでもありました。そこで地域の文化財(古文書や建築、絵画や彫刻〔仏像〕)全般を学びました。ゼミにはもちろん仏像を選びました。

*(文の京地域文化)インタープリターとは、文京区の文化遺産(地域の歴史・美術・建築など)を分かりやすく区民の皆さまに伝える活動をする者のことです。私はその第一期生ですが、最近は学ぶ大学も変わって隔年募集となり 講座期間も半年になったそうで、主に文学(稀に歴史民俗)を学んでいるようです。

我々インタープリターが展示や運営に携わった 企画展の第一弾が「護国寺とぶんきょう」でした。文京区あげての大掛かりなイベントで、20088月30日~9月15日まで開催されました。(延べ来場者数は4,500名)

因みにその後も「江戸時代に生まれた庶民信仰の空間ー音羽と雑司ヶ谷ー (鬼子母神展)」(2010年9月24日~10月5日まで)等があり、私も企画に関わりました。

さて、今回はその企画展「護国寺とぶんきょう」での話です。或る方に(今 思えば)敬聴のようなことをさせて頂きました。

会期中 私たちインタープリターは交替で護国寺につめ、ご来場者に護国寺の建造物や絵画・仏像など文化財の説明や境内の案内役も致しました。その会期中盤に、60代後半の白装束の男性に私は説明を求められました。何か曰くのありそうな方で 少々 私は身がすくみました。

一通り 今回の展示物についてご説明し、特に私が関わり、文化庁の文化財調査官の川瀬由照先生(現在、早稲田大学文学部教授)と共に実地調査をした木造地蔵菩薩立像は念入りに説明させて頂きました。

その他 真言宗豊山派の寺「護国寺」の正式名称である「神齢山悉地院 護国寺」の院号  ‘悉地’ の意味(梵語の siddhi で成就の意。密教で修行によって完成された境地、悟りのこと。)や徳川五代将軍 綱吉の生母、桂昌院由来の「玉の輿」の話(護国寺は綱吉が桂昌院の祈願寺として建立)そして本尊 如意輪観世音菩薩像のご説明等など。

ご説明が終わっても その男性は名残惜しそうに 何かもの言いたげな目をされ・・、そして、訥々(とつとつ)とご自分の身の上話をし始めました。しかも 涙ぐみながらです。さて、私はどう応えたら良いのか・・困りました。





2020年5月25日月曜日

96) 幼稚園での朗読ボランティア

ここ千代田区立K幼稚園は、同敷地内に小学校があるため 小学生との交流が盛んで、そのまま小学校に上がる場合には 環境の変化によるストレスが少なくて良いとの評判でした

また 遊びを中心とした教育のため子供たちが伸び伸びと楽しめる環境、さらに図書館も充実しており 生徒数が少ないこと等も魅力だそうです。初めての幼稚園訪問なので いろいろ下調べをしました。

朗読の先輩たちと小学校入口で待ち合わせをし、園児等のもとへと急ぎました。最近 園舎もきれいになったそうで、園庭やプールもあり素晴らしい環境でした。2階にあがると、可愛らしい園児たちが 今や遅しと私たちを待ちかねていました。とっても可愛いです!

先輩のところには顔なじみの園児たち3人が寄ってきました。とても人懐っこいです。私はよく動き回る そのおチビちゃん達から目が離せなくなりました。
その後 幼稚園の先生に案内して頂いた 朗読(読み聞かせ)の部屋は、清潔でさっぱりとした教室でした。すでに総勢25名くらいの園児たちが、きちんとカーペットや小さなイスに座って待っていました。

打ち合わせ通り、最初は我々3人が園児らの前に立ち『はじまるよ はじまるよ』という定番(らしい)の歌をうたいましたが・・、私はまったくダメでした!それこそ ‘初めて’ きく歌で、しかも「手遊び うた」だったのです。

うたは先輩を横目で見て何とか真似をしましたが「手遊び」は論外です。出来るはずがありません。二つの新しいことを同時に出来るほど 私は器用ではありません。完全にアウエー状態でした。

訪問前に「読み聞かせ 幼稚園訪問の手引!」的なものをネット検索すべきでした。後悔しても 時すでに遅しです。次回の訪問までには、この手遊びを「何が何でも習得しなければ!」と固い決意をいたしました。

冷や汗もので そんなことを考えていると、ふと強い視線を感じました。その視線の先を見やると、なんと 前列の可愛いらしい3才位の男の子が、じっと私を清い目で見つめているではありませんか。その子と目があいました! 

男の子は私から目線を外しません。困りました。私は心の中で「おねがい! 私ではなく、隣の先輩の手遊びを真似て!」と願いましたが・・、だめでした。ずっと私を見たままです。こころの中でため息が漏れました。(もしかして あやふやな振りの私を責めて・・ますか?)

その後は、先輩のIさんが『ふしぎなおるすばん』という絵本をよみ、次に私が絵本の『おなら』(長新太作)を読もうと・・、題名を言うと、今度はおしゃまな おさげ髪の女の子が、「えっ!おなら? ふけつ!」と言い出しました。(オナラの ‘しくみ’ の話なんだけどなぁ。)

またもや難関! 私はまるで園児たちに洗礼を受けているようでした。でも・・この絵本は読み聞かせをしているうちに、園児らも興味を持って聴いてくれました。途中で質問までされました。セーフです。(ふうっ!)

そしてO先輩が絵本『ほしをさがしに』をよみ、続けて先程のI先輩が紙芝居『やさしいまものバッパー』をよみました。素晴らしいです。紙芝居の絵はご自分で描かれたそうです。そして最後に、皆で『とけいのうた』(こちらは童謡ダンスだそうですが)を手遊びを交えてうたい 読み聞かせ終了となりました!

なお、今回の園児は「預かり保育」の子供たちで 週に3日程度 幼稚園に来ているそうです。ここは私が普段 伺っている高齢者施設にはない、萌えたつエネルギーを感じました。私も ‘不思議の国のアリス’ になったような気分で 気持ちもウキウキ、とても楽しいひと時でした。

     ( 2020218() 14:0015:00






2020年5月15日金曜日

95) 傾聴フォローアップ研修 その3 二人の心理学者「アドラー」編

次にアドラーです。
※2アドラーは フロイト、ユングと並び「心理学の三大巨頭」の一人であり、アドラー独自の「個人心理学」は 日本ではその創始者の名をとり「アドラー心理学」と呼ばれている。日本でも2014年の「嫌われる勇気」(岸見一郎・古賀史健の共著による“アドラー心理学”の解説書)をきっかけに広く知られるようになった。「自己啓発の父」とも呼ばれ社会現象になり 今も注目を集めている。

その学説には介護にも役立つ部分があるとのことで私も 早速 読んでみました。
アドラー心理学の基本的な考え方(理論)の概略は以下のとおりです。
*アドラー心理学は広汎にわたりますので、ここでは入門編をご紹介致します。

①人間の行動には目的がある(目的論):
人は過去の経験に囚われ 自分が傷つかないように解釈して自分を納得させている。アドラー心理学はこの過去の原因となった出来事を問題から切り離し、意識を未来志向(目的)に変えることで前向きな行動が出来るという理論。
②人間を分割できない全体の立場から捉えなければならない(全体論):
全体論とは「意識と無意識」「感情と理性」「心と体」は分離出来ないものという考え方。
③人間は自分流の主観的な意味づけを通して物事を把握する(認知論):
認知論とは同じ出来事を経験しても感じ方は人それぞれ違うという考え方。独自の解釈で多様性がある。つまり考え方次第で結果を変えられるという事。「事実」と独自に感じた「認知(感情)」を区別するのが大切。
人間は自分の行動を自分で決められる(自己決定性):
アドラー心理学の自己決定性とは自分の人生は自分で決められるという考え方。「出来事をどのように捉え、解釈し 受け止め 行動するかは 自分次第。」自己啓発によって自分を高めるとする教え。
人間のあらゆる行動は対人関係である(対人関係論):
人の行動・感情はいつも特定の誰かに向けられ影響しあっているという考え方。全ての悩みは対人関係の悩みであるとする。孤独や寂しさを感じたり、他者と比較して劣等感を持ったり コンプレックスに悩んだり。また自分を大きく見せたり卑屈になったり等など。何か行動を起こした時に「周り(相手)にどう思われるか」等と余計な考え方が邪魔をして正しい判断が出来なくなる。この余計な考えを取り払うことが大切。

上記のうち高齢者の介護や傾聴において最も心に留めておきたい項目は⑤です。研修では「勇気が高まる基本の言葉」として「ありがとう(感謝)」「嬉しい(感情)」「助かる(貢献感)」の3つの言葉が挙げられていました。これらは高齢者が「あなたは大切な人!」と感じる言葉だそうです。

人間は他人から「ありがとう」という感謝の言葉をもらうと「自分は役に立った」「貢献できた」と感じ、自らの価値を実感でき勇気が持てるのだそうです。

そう言えば、ゆしまの郷のキクさん(101才 女性)は〝おしぼりたたみ〟(このブログ の77)参照。)が得意ですが、お褒めすると とても嬉しそうなお顔をなさいます。「人の役に立っている」という貢献感なのでしょうかね。

アドラーの説によると、人に必要とされるのは他者への貢献であり、喜びと幸福感をもたらすそうです。また貢献できなくても価値が無いということではなく、人は生きているだけで価値があり 他者への貢献になるそうです。従って目に見える貢献でなくても「*貢献感」を持てれば良いのだそうです。


*貢献感とは「自分は誰かの役に立っている」という自分の感覚であり、貢献感を持てれば自分に価値があると思える。そして自分に価値があると思えれば対人関係の中に入っていく勇気が持てる。それが幸せにつながると言うのですが。
(この部分は今一つ私には分かり難いところでした。)


因みに、アドラーは欧米での評価に比べ 日本では知名度が低かったようですが、近年になり 伊坂幸太郎氏が小説『PK』で また石田衣良氏が小説『美丘』でアドラーの教えに言及するなどで 多方面からの支持を集めているようです。

そしてアドラー心理学を解説した『嫌われる勇気』(岸見 一郎/古賀 史 著, ダイヤモンド社)はベストセラーとなり ドラマにもなったそうです。

       (2020年 2月11日(火) 13:30~16:30)

ナズナ

photo: (c) Hiro K
http://ganref.jp/m/md319759/portfolios