2023年8月25日金曜日

174) 【徒然に】「阿波おどり」と「よさこい祭り」

毎年8月になると私はわくわくします。その理由のひとつが※1徳島の阿波おどりです。在職中、徳島大学の脳神経外科 N教授にお声をかけて頂き、二年連続で参加させて頂いた楽しい思い出があるからです。子どもの頃から 根っからのお祭り好き 盆踊り好き(おまけに花火好き)の私にとって持って来いのイベントでした。

※1阿波おどりは徳島市で毎年8月12日 - 15日のお盆期間中に開催される盆踊りで、高知のよさこい祭り、愛媛の新居浜太鼓祭りと並ぶ四国三大祭りの一つとして広く知られる。江戸時代より約400年続く日本の伝統芸能の一つでもある。

阿波踊りでは踊りのグループを連(れん)と呼び、徳島市阿波おどりの参加連は1000組以上とのこと。街頭での飛び入り参加まで含めると総参加者数は10万人にもなると言われています。

その内 踊りの卓越した「有名連」が40 - 45組、企業の社員やその家族で構成された「企業連」や学生による「学生連」、その他 気の合う仲間が集まってできた連などもあります。

徳島大 脳外科の連は「舞連(Brain)」です。素敵、シャレてます。一日目は市内の観覧席で見学し、二日目に脳外科の先生方の夏季セミナー(勉強会)後、ホテルで軽く懇親会をし、その後半に地元の講師から踊りの指導をして頂きました。そのあとで全員が舞連の一員となり繰り出すのです。(因みに夕方になると公園などで各連のリハーサル風景を見ることができます。)

「踊る阿呆(あほう)に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々」という節に合わせて踊るのです。私は気分が高揚し楽しくなりました。心も晴れるのです。踊りには男性たちが法被や浴衣姿で踊る男踊りと女性たちが頭に編笠を被り浴衣を着て踊る女踊りの2種類がありますが、私もピンクの浴衣を着て編笠を被り、下駄を履いて女踊りをおどりました・・。

そして翌年は、せっかくなので高知まで足を延ばし※2よさこい祭りも観てきました。こちらは見学だけでしたが、斬新で躍動感のある踊りでした。私は高知に一泊して、翌日は徳島の阿波おどりに再び参加させて頂きました。お祭りの掛け持ちです。

※2よさこい祭りは高知市の祭りで、毎年8月9日の前夜祭、8月10日と8月11日の本祭、8月12日の全国大会と後夜祭の4日間にわたって開催される。前夜祭の行われる9日には、約4,000発の花火を打ち上げる高知市納涼花火大会も開催され、4日間で延べ約100万人の人出がある。

祭りはパレード形式で開催されるが、地方車(じかたしゃ)と呼ばれるトラックにPA機器を搭載し、踊り子がその後ろに連なってよさこい踊りを舞い、各演舞場を順番に回っている。踊り子たちの衣装や化粧(概ね厚化粧)は凝っている。

なお、祭りの発展には作曲家の武政英策氏が大きく関係しているとのことで、彼は踊りに用いられる楽曲「よさこい鳴子踊り」を担当するだけでなく、鳴子(作物を狙う鳥を追い払う農機具)を手に持って鳴らすことを思いつき、現在でもよさこい踊りの重要なアイテムになっているそうです。

また、当初のよさこい踊りは「正調」と呼ばれる日本舞踊の振り付けを踏襲した盆踊りスタイルでしたが、武政氏が楽曲の自由なアレンジを許したために、その後 色々なバリエーションを生むことになり、現在ではサンバ、ロック、ヒップホップ、演歌、フラメンコ、フラダンスなど各々のチームが趣向を凝らした楽曲と振り付けを見せてくれ、伝統の「正調」と共に楽しませてくれています。

四国の夏祭りはとにかく楽しくて身も心もスッキリとします。掛け声も陽気でストレスが発散されます。参加も良し、見物だけでも十分に楽しめます。最高の夏のイベントだと思います。今でも深く心に残っています。


よさこい祭り









2023年8月15日火曜日

173) 【徒然に】抜く力

 『抜く力』(このタイトルだったと思うのですが)という本を探しています。或いは、サブタイトルに「・・ ~抜く力~」だったかも知れません。

十数年前のお正月、F県立医科大学の脳外科 K教授から薦められたのが『抜く力』(仮題)という本です。私はさっそく御茶ノ水の丸善に行き購入しました。

K先生からは時おりお電話を頂戴し、また学会などでお会いした時にも示唆に富む話をきかせて頂いておりました。いわば「人生の師」のような存在です。その先生からの年頭のおすすめだけあって、当時の私にとって為になる良書でした。

学会誌の編集で肩に力が入っていた私は感銘を受けました。ユニークな発想で引き込まれました。素晴らしい本でしたので、職場の同僚の何人かにお貸ししました。そして、退職の際に心あるどなたか(?)に差し上げてしまいました・・。

今になって無性に もう一度読みたくなりました。今年二回目の「Infinity ひとり朗読会」が迫っているからでしょうか。

出版書誌データベースや書籍横断検索システム、また念のため、福井県立図書館の ‘覚え違いタイトル集’ やあやふや書庫などでも探しましたが見つかりません。絶版書籍も検索してみたのですが・・。さらに単語を入れかえ「力を抜く」で検索すると『力を抜く 名言』が出てきて、斎藤茂太や村上春樹、またガンジーやカーネギー等の言葉にヒットしました。的はずれでした。

その内容は(上手く言えませんが)「完璧なことにも抜け穴が必要。人間も機械も常に張りつめた状態は良くない。」肩の力を抜くこと、機械には ‘あそび’ の部分も必要である。「ガス抜き」のようなものの大切さですかね。そんな趣旨の本でした。たしか水力発電機関係の所長か学者がお書きになった書籍でした。

記憶にある情報が少なく書籍が見つからないので、タイトルを補足すべく「抜く」に関連する言葉を私は探しはじめました。すると・・、

生き抜く、息を抜く、追い抜く、肩の力を抜く、勝ち抜く、考え抜く、気を抜く、群を抜く、すっぱ抜く、攻め抜く、耐え抜く、戦い抜く、出し抜く、手を抜く、度肝を抜く、走り抜く、引き抜く、守り抜く、見抜く、やり抜く など等。(精神性のある言葉のみピックアップ)

どんどん本題から逸れてしまいましたが、近くの図書館で尋ねるか、最終手段として国会図書館に行き、調べて頂こうかと考えております。何が何でも その本をもう一度手にしたくなりました。

ただ 今回の検索で、副産物として後記の教訓めいた言葉を見つけました。『力は抜いても手は抜かない!』そうですね。私も心身ともに力を抜き(リラックスして)、気は抜かずに9月の朗読会に臨もうと心をあらたにしました。



肥後細川庭園





2023年7月25日火曜日

172) 【徒然に】霊雲寺にて ~やさしい言葉~

一ヶ月半ほど前に ※霊雲寺で可愛らしい園児たちと出会いました。

※霊雲寺(れいうんじ)は文京区湯島にある真言宗霊雲寺派総本山の寺院。大本堂(正面階段を上がった二階部分)に仏壇を構え、両部(金剛界・胎蔵界)の大日如来像二躯を本尊として安置している。真言宗の僧 浄厳律師覚彦が柳沢吉保の帰依を受け、徳川綱吉より将軍家の武運長久を祈願するため、江戸城から見て鬼門にあたる北東(艮)の現寺地を得て開創した。

神社仏閣が大好きなので 私はよくお参りさせて頂いておりますが、霊雲寺は江戸名所図会にも載っているほどの格式の高いお寺です。境内はとても静かで広々としており、日中でもゆっくりのんびり散策ができます。コロナ禍の時には 私は開門の早朝7時くらいに散歩がてら参っておりました。

早朝の境内には殆んど人がいません。でも 時おり二階の大本堂でお坊さんが ‘朝のお勤め’ のお経をあげておられたり、境内をお掃除している檀家の方に出くわすことは しばしばありました。

6月上旬、私は歯科医院での治療のあと霊雲寺に参りました。久々でした。ひろい境内は木々が生い茂っていて爽やかでした。私は正面の階段を上り大本堂でお参りをすませ、その後大本堂の向かって左側にある寶撞閣に行きました。途中に百度石などもあります。このルートが私のお決まりのコースです。

その日は近隣の園児たちが境内で遊んでいました。広いし静かだし立派な大木もあります。四季折々に花を咲かせる草木もあります。豊かな自然。何より境内は車が通らないので安全です。保育士さんも一面見渡せて目が行き届きます。園児たちは思う存分 かけっこも泥遊びもできますしね。絶好の遊び場でした。

私が散策を終え帰ろうと山門に向かうと、そこで遊んでいた ちびっこ達が4~5人寄ってきました。男の子も女の子もいました。人懐っこいのです。何をして遊んでいるのかを聞くと、お参りごっこをしているとのことでした。さすが古刹は違うと私は思いました。

目を向けると、溝をお賽銭箱に見立て その中に小石を入れて拝む真似をしていました。暫し私もお付き合いして しゃがんで見ておりました。すると今度は、サービス精神旺盛な(?)ちびっこ達は溝を飛んだり跳ねたりして大はしゃぎし始めました。

私は次の予定もあるので、少し離れたところにいる保育士さんに会釈をし、ちびっこ達に「じゃあ、またね。転ばないようにね。」と言い帰ろうとすると、その中の一人の男の子が「うん。またね! 行ってらっしゃ~い。気をつけてね!」と笑顔で手を振ってくれました。

思いも寄らない言葉にびっくりしました。そして同時に とても嬉しく温かい気持ちになりました。天使のような笑顔と言葉でした。言霊ですね。元気を貰いました。親御さんの育て方も良いのでしょうね。きっと。

ホタルブクロ


信濃追分の御影用水




2023年7月15日土曜日

171) 【徒然に】忍野八海散策 ~Fさんと~

6月下旬に傾聴ボランティアの懇親会を兼ねた日帰り旅行があるときき申し込みました。仲間同士の意見交換も必要だと考え 私は初めて参加を決めたのです。しかも目的地が「忍野八海」その散策と聞いてこころ躍りました。

しかし・・、当日 指定されたバスの集合場所(講道館前)に着くと、傾聴ボランティアの仲間はFさん(女性)お一人だけでした。しかも初対面です。私は唖然としました。他は文京各地区の有志、殆どが高齢者で何人かは若い方(と言っても中高年)が交じっている程度でした。

旅行企画の運営会社の方に伺うと、今回の参加者は文京区内の各ボランティアグループや地域活動グループ、また趣味の会のメンバーということでした。あらためてその活動グループの多様さに驚きました。

今回、初対面の傾聴ボランティア仲間 Fさんと隣り合わせに座わり、いろいろとお話が出来て有意義でした。年齢は83歳ということでしたが、言葉遣いが綺麗で、頭もクリアでシャープ。素晴らしい方でした。見習うべき先輩に出会えて嬉しく思いました。Fさんは70歳を過ぎてから「子供心理カウンセラー」の資格もとったそうです。

高齢者施設ではそのスキルを活かし、「絵本の読み聞かせ」を軸にボランティア活動をされているとのことでした。私の目指す「敬聴」とはかたちが異なりますが、訪問した施設の高齢者の方々に心待ちにされ、喜んで頂くことを目的にするのは同じです。勉強になりました。

梅雨時の忍野八海はあいにくの雨でしたが、何と散策中は雨がやみ浅間神社にもしっかり詣でることが出来ました。














2023年6月25日日曜日

170) 【徒然に】『文の京十八の町物語を聞く』の記念誌

前回に続き文京アカデミア講座『文の京十八の町物語を聞く』に関するお話です。この講座は本年度後期で満六年を迎えるとのこと。凄いですね。

これほど長く そして多くの区民に支えられた講座は他に類を見ません。「語り部」となった講師の数はのべ50余名だそうで、文京区内の‘町単位‘’で それぞれの地域に昔から住んでいらっしゃるご長老などに「生きた町の歴史や文化」を当時の貴重な写真を交えてお話して頂く講座です。

そしてこの度 その記念として、また本年度で終了する(私は初めて知りましたが、一区切りでしょうか)講座の集大成として記念誌を刊行することになり、私はその執筆を依頼されました。

文京区の貴重な歴史として、受講者や区民の心にいつまでも残る記念誌を編みたいとのことで、これまでにご登壇された全ての「語り部」と文京区に縁のある方々がお書きになるそうです。その文京の「生きた町の歴史」を残すための記念誌に「別の角度からのアプローチで」と私も寄稿を依頼されました。






2023年6月15日木曜日

169) 【徒然に】『文の京十八の町物語を聞く』

文京区に「文京アカデミア講座」という区民向けの講座があります。この講座は人気が高く区外からの受講希望者も多いです。バラエティ豊富な上にクオリティが高く、その上受講料がお安いからです。滅多にありませんが、定員に満たない講座のみ区外の方でも応募できます。

私も3年前に『娘義太夫のいろは』と言う講座を企画したことがあります。受講者からは、なんと「満足度98%」という高評価を頂きました。現在は学習推進委員として、その「アカデミア講座」のブラッシュアップを担当しております。感慨深いです。

アカデミア講座の中でも、特に人気の高い講座が『文の京十八の町物語を聞く』です。この講座は今年で六年にもなる継続中の人気講座です。文京区が誇るヒット講座です。歴史と文化の町、文京区ならではの企画でファンがたいへん多いのです。

前期・後期・後期Ⅱと年に3回開催されるこ『文の京十八の町物語を聞く』の「同心町金富町の今昔」編のMCを依頼されました。数年前にも「別の町」でお引き受けしたので今回で2回目になります。

先日、私はMCの参考に「小石川久堅町界隈ー戦前・戦後・現代ー」を見学させて頂きました。感動でした! 御年八十七歳、そのお人柄のせいか温かく 両目がご不自由にも拘らず、明るくお元気な話しぶりで、聞き入ってしまいました。まさに「敬聴」です。心から敬って聴かせて頂きました。

戦前の「尋常小学校」が「国民学校」と名を変え、戦後は「小学校」になった話や学童疎開の思い出、また当時の遊びは “小石川植物園” で、遠足も“小石川植物園” だったこと。その植物園内にある「枯れ井戸」が宮城(江戸城)につながっているという都市伝説を探りに行った話など盛り沢山でした。

その中でも特に心にのこったのは、二二六事件当日の話です。
未熟児だったIさんは昭和11年1月に生まれましたが、一ヶ月以上も経った2月26日に産院を退院。二二六事件で外出禁止令が出ていた為、ご自宅に向かう途中 お母さまが憲兵につかまり尋問されたとのこと。驚きました。歴史を身近に感じました。

「二二六事件」や「憲兵」「尋問」等の用語は私には縁がなく 教科書や高倉健さんの映画「動乱」等で知っている程度の遠い言葉でした。でも、私はワクワクしながら当時に思いを馳せ(もちろん想像の枠内ですが)そのドラマチックさに引き付けられました。

Iさんは締めくくりに「戦争は絶対にだめです。一番の犠牲になるのは女の人と子どもです!」と仰いました。重みがありました。上っ面だけの政治家の発言とは全く異なりました。








2023年5月25日木曜日

168) 【徒然に】ちょっといい話 老舗の学生食堂で落語会

落語家つながりで、もう一人忘れられない落語家さんのお話です。
かなり前に私は七代目古今亭志ん馬さんの落語を聴いたことがあります。場所は東大赤門前にある*食堂 もり川です。

*食呑味処のもり川は “東大生と共に明治から” というキャチコピーで知られた 創業125年の老舗食堂です。

志ん馬さんの師匠は、六代目古今亭志ん馬さんと三代目古今亭志ん朝さんです。彼は1996年にNHKの新人演芸大賞落語部門大賞を受賞された実力のある落語家さんでした。私はもり川で初めて
志ん馬さんの落語をききました。

その落語会は
大の落語好きである ‘もり川の店主’ が趣味で催したものでした。席も限られ、お店がはねた夕方から地下のお座敷で馴染みのお客さん25~30名くらいしか入れませんでした。私は友人のコバヤシくんとイシイちゃん(このブログの114)をご参照)を誘いました。それぞれ法医学者、病理学者という堅物です。

その時にいらしたのが志ん馬さんと三代目古今亭志ん朝さんのお弟子さんだった落語家さんでした。(名前は失念しました。)

なにせ店主の ‘趣味の会’ でしたので、木戸銭は格安で、しかも飲み放題!大食いで吞兵衛のイシイちゃんからはとても喜ばれました。彼は余興のビンゴゲームでは焼酎一本をゲットする有様です。落語を聴いたのは「人生で初めて」と言っていた彼がです。

落語がおわると、二人の落語家さんは其々に三卓の和座敷テーブルを周って一緒に飲んだり歓談をしました。志ん馬さんは三つのテーブルを一通り周ると、もう一度 私たちの席にいらっしゃいました。

既にかなりお飲みになっていましたが、私たちの質問に答えてくれたり、笑い話などをおきかせ下さった後、泣き上戸らしく もう一方の落語家さんを「あいつは顔が丸くて ふくよかだから、落語として得なんだよなぁ・・。」「おれは痩せていて、(顔の印象が)暗く見えるから・・。」等と、酔うほどに ちょっと涙を流しながら仰いました。

私は性分で生意気にも彼を励ましはじめました。「ひとはひと。比べちゃあ、だめよ!志ん馬さんの良いところをのばしましょ!」なんて言ってしまいました。

すると、志ん馬さんは私の顔をみて「ありがとう。姐さん!」と仰いました。粋なご商売の方に「あねさん!」などと言われたのは初めてでした・・。

下段一番目の写真がその時 特別に下さった手ぬぐいです。志ん馬さんはその数年後 若くして亡くなられました。 合掌
                               


狂歌仲間の古今亭ぎん志師匠

大先輩の夢月亭清磨師匠