2018年10月25日木曜日

58)高田のばば(山形編)その1 (2018年9月12日(水)6:00~7:00 )

山形の母の葬儀期間中、われわれ遠方の妹弟たちは近くの旅館に泊まりました。

この町 ※1 かみのやま温泉(城下町で歴史があり風情のある温泉地)も2011年3月11日の東日本大震災以降、廃業の旅館が目立ちます。

※1 上山温泉郷(かみのやまおんせん)は、山形県上山市(旧国出羽国、明治以降は羽前国)にある温泉。古くは同じ山形県の湯野浜温泉、福島県の東山温泉と共に「奥羽三楽郷」に数えられた。

帰省して母を緊急入院させ、その翌日には亡くなると言う ‘この上ない精神的疲労感’ を味わい、また地方ならではの葬儀のしきたりで私は疲労困憊しました。
私たちは宿泊していた旅館から徒歩5分の ※2 共同浴場 澤の湯(朝湯)に通いました。からだの疲れと心の癒しには昔ながらの温泉が一番でした。

※2 共同浴場:温泉街には150円で入湯できる5軒の共同浴場(新湯・澤の湯、葉山共同浴場、二日町ふれあいの湯、下大湯、新丁・上の湯)があり、髪を洗う場合には別料金で入浴料+100円を支払う。ここは早朝から地元の方々でにぎわっており、お年寄りたちの憩いの場となっている。

私は前夜 旅館のお風呂で入念にボディーシャンプーを使い身体を洗ったので、浴場ではかるく身体を洗い※3かけ湯をしてから「いざ、湯ぶねに!」入ろうとすると、背中の方で『からだを洗ってから入って下さい。』と冷ややかな声がしました。

振り向くと、地元のおばあちゃんでした。私を睨んでおりました。

私はたじろぎ『あの・・、洗いましたけど・・。』とお返事しました。
『・・・。』とおばあちゃん。
私の隣でかけ湯をしていた妹も、ギクリとし身体を硬くしました。

※3温泉の効果的な入り方(一説):かけ湯で十分に汚れを落とし、身体を慣らしてから温泉にしっかり浸かる。その後、身体をボディーシャンプー等で洗うのが良い。身体を石鹸で洗ってから湯船に入ると肌への刺激が強すぎる。温泉で身体を温めてから洗った方が毛穴の奥の汚れも良く落ちる。

その後も、おばあちゃんはずーっと私をチェックしているようです。(嫌われちゃったかな?)

加えて、この澤の湯は5軒の共同浴場のうち「一番熱い」と評判の温泉でした。

私は妹に言って聞かせるように『(お湯が)熱いときはね、自分が入る所にだけ、このホース(水道水)で薄めて良いんだって。』と伝えました。

彼のおばあちゃんは・・ムッとしております。(あら、どうしよう? また怒られるのかなぁ?)


上山の特産 紅干し柿



2018年10月15日月曜日

57)「一日一笑! 人生楽笑!!」

この言葉は52)『適当に~ね!』(水中ウオーキング編)に登場されたヨシコさんの金言です。素敵な言葉なので、ヨシコさんのご了承を得て書かせて頂きました。

御年93才のチャーミングな女性 ヨシコさんは、にこやかでウイットに富み、とても魅力的な方です。私が年を重ねた際に ‘なりたい女性’ のお一人です!

何よりヨシコさんのお話にはユーモアが溢れており、受け答えにもセンスが感じられました。93才のヨシコ姐さん、粋(いき)です。カッコイイです!

でも、先日アドバイスして頂いた『適当にね!』は、考えれば考えるほど その加減が難しく思われました。私が野暮なせいでしょうか。

辞書を引くと『適当』とは「度合がちょうどよい、程度がほど良い」ことで、「いい塩梅」「いい加減」言うことのようです。

ヨシコさんが 先日 肩に力の入った私におくって下さったような ‘ 涼やかなウインク ’ は、まさに「いい塩梅」の ‘ あったかくて優しくて ’ 良い感じでした!
漢字ではなくて平仮名の『て・き・と・う』にでしょうかね。

肩の力を抜き、頑張り過ぎず「楽しくニコニコと!」です。
何事にも余裕を持ち「自分に出来る範囲で楽しく行う」と言うことですね。

そして・・、先月9月8日に急逝した母(長い間 若い頃に患った病気の後遺症に悩まされ、それで当時の疾患に対しては手術や延命治療を拒否)から『「適当に~ね!」の水中ウオーキング編を読んだわよ。私も、もう・・そんなに頑張らなくてもいいのよね。“て・き・と・う・に ” で良いわよね・・?』と言われたのが、最後のブログへの感想となりました。

今回のブログも 是非 今は亡き母に読んで貰いたかったです。

因みに、母は譫言(うわごと)のように、苦しい息の中で皆に『ありがとう、ありがとう』と感謝の言葉を唱えながら、静かに逝きました。

極楽浄土で母は「て・き・と・う」に楽しくすごしているでしょうか・・。
                                  合掌


円覚寺 シコンノボタン

海蔵寺 芙蓉





 

2018年9月25日火曜日

56)キクさん語録 炸裂!

その後も キクさん(99才 女性)に当時の生活や また人生観などをご披露頂きました!

『当時は服など、そんなに(たくさん)持っていなかったわ。服なんて、夏冬それぞれ1~2枚あれば 充分よ。だって、綺麗な服を着たからといって、美人になる訳でもないのだから。』

『普段の生活や仕事などで「辛いなあ。」と思っても、もっと辛い思いをしている人が沢山いるのだから「私なんて幸せな方だ!」 と思うようにしているの。』など等、キクさん語録の炸裂でした。
私が『欲をかかずに ‘足るを知る’ と言うことですかね!』 と言うと、キクさんはにっこりとされました。

そして 『不機嫌な顔などしちゃダメね。美人なら 少々 仏頂面をしても ‘みられる’ けど、 不器量な人が怒ったり、むくれた顔をすると、ますます不細工に見えてしまうもの。』と。辛口のお言葉です!

ふと思い出し・・、私が 『キクさんは来月のお誕生日で100才になられるのですよね。凄いですね。ご立派です!』と言うと 『えっ、ほんと? 私、もう100才になるの?』『まだ、93才位かと思ってたわ!』とお答えになりました。数字が具体的です。

『でも・・、100年も生きたから、もういいわ。充分よ!悔いはないわ。』 と付け加えました。『最後に「ありがとう!」って言って死にたいわ!』 とお続けになりました。
素晴らしいです。ステキなお言葉と見事な生き方です!

そこに、例のガッコの先生 (サトシさん 70才 男性) の登場です。

テーブルを挟んで、キクさんやトシコさんの前に座り『いやあ 皆さん、何の話ですか。 〇〇△△××・・・。』等と言ったり、『僕のワイフがね、〇〇と言うんですよ。そしてね、××と言ったりして、・・・云々。』『人間はみな仲良くしないとなあ。だってね、ここに人がいてね。・・・むにゃむにゃ』 など等。

そして、辺りかまわず議論を持ちかけました。サトシさんは少々理屈っぽく、しつこい方のようです。皆さま・・、辟易しているようでした。

トシコさん(94才女性)は私の顔をみて『(この方は)何を言っているのか、難しくて分らないのよ!』『うるさいの!』 と困ったように仰いました。

キクさんも流石にうんざりされ『(サトシさんの話のように)訳の分からない話でも「うん、うん・・。」と聞いていれば良いのよね?』と 私に同意を求めました。でも、私も・・理解に苦しみました。

そんな状況を俯瞰していたカズさん (105才女性) は、サトシさんに向かってご自分の口に人差し指を当てて見せました。どうやら 「お黙りなさい!」 という合図らしいです。
さすが、ご長老、大姉御、お姉さまは強いです!

そうこうする内に敬聴も終了時間となりました。私が皆さんに暇乞いのご挨拶をすると、サトシさんが 『いや、ご苦労さま!』 と言って手を差し出し、私に握手を求めました。(・・・?)

そしてニコニコとこの様子をみていたのは、インドネシア人の男性介護士さん、お二人でした。

( 実施日:2018年7月22日(日) 14:00~15:00 )


photo: (c) Hiro K
http://ganref.jp/m/md319759/portfolios

2018年9月15日土曜日

55)『クラス会? 良いわよねぇ~!』 その2  (『あゝ野麦峠』の世界! 14歳で製糸工場へ)

今日も東京は猛暑日!そんな中での訪問でしたが、今回の敬聴には一つ目的がありました。

それは 前回、キクさん(99才 女性)が話されていた当時の「クラス会(同期会)」についての詳しいお話を伺うことでした。

製糸工場のお休みは月2回だったそうです。おまけに給与は安く・・、でも、殆どの工女は家計の助けに実家へ仕送りをしていたそうです。幸いなことにキクさんのところは、第一次産業の農家ではなく、お父さまが大工さん(日銭商売、第二次産業?)だったので、仕送りしたお金は親御さんが貯金しておいてくれて、お嫁入り時に持たせてくれたとの事でした。(よかったです!)

また、お休みの日に友だちと遊ぶ時や同期会などで集まる時には、そのお友だちの家 (お金がかからないので)に行き、茶話会などをしたそうです。
メニューは煮物や漬物。また豆を煮たものもあったと懐かしそうに仰いました。お砂糖を入れて煮たお豆はデザート(お茶菓子)にもなりますしね!


さらに、同期会など大勢の場合には集会場を借り、各自がお料理を一品づつ持ち寄って 集まったとのことでした。

ただ、当時 砂糖はとても貴重で高価だったらしく、キクさんはうっとりとした表情で『お砂糖を入れた煮物は美味しいわよねぇ!』 仰いました。昔はお砂糖を入れずに味付けした煮物が多かったそうです。

『食べるものがあって、健康で 生きていられるのは幸せ。有難いことよ。』

『そう思って(わたしは)生きているの。』 とキクさん。

私が『今、キクさんが一番お好きな食べ物は何ですか?』とお尋ねすると、

『そうねぇ、やっぱりお砂糖の入った煮物かしら。』と即答でした。
(・・愚問でしたね。)

良い話です。こころが温かくなりました!

( 実施日:2018年7月22日(日) 14:00~15:00 )



太宰府天満宮

2018年8月25日土曜日

54)「SILICA GEL」

たった一つの楽しみだった「クラス会(同期会)」 と言っても、ただ皆で集まって、一緒にお茶 (昭和初期に長野にも喫茶店ってあったのかしら?) を飲むだけのひと時だったそうです。(詳細はこのブログ 55) にて記載いたします。)

たいへんな時代だったのですね。今では・・、考えられません。 キクさん(99才 女性)は思いを巡らせているようでした。

一方、お馴染みのカズさん(105才 女性)ですが、私を見るなり、 『〇〇さん(私のこと)は、てっきり*北朝鮮かシンガポールにでもお出でになっているのかと思っていたわ。』と仰いました。(カズさんは相変わらず私を安倍総理の ‘関係者’ と思っているのです。)


*米朝首脳会談(を思ってでしょうか。):2018年6月12日にシンガポールで開催された ‘アメリカ合衆国(米国)と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)’ の両国トップによる首脳会談 。


カズさんは毎朝 新聞をお読みになるのが日課だそうです。ご立派です!

私が話題を変えるべく、エレベーターの正面横に置かれた「観葉植物のベンジャミン」に話を向けると、カズさんは 『あんな立派な木、いつ置いたのかしら?』 と不思議そうな顔をされました。


更に、『だれが運んだのかしらね?重かったでしょうに。』 と首をかしげました。
(もちろん、フェイクの軽い観葉樹でしたが。)


私が 『あの木は本物ではなくて人工樹木。偽物だと思いますよ。』 と言うと
カズさんは 『そうなの?』 と言いながら、ご自分の車椅子のハンドリム (自走用で駆動輪〔後輪〕の外側に付いているリング のこと。手でこぐ時に使用する。) に手をかけました。


本物か偽物かをご自身で確かめるおつもりです。たいへん・・積極的です!
ご自分が納得しないと気がすまない性質(たち)のようです。

私も一緒にエレベーターのところまで行き、カズさんに葉っぱを触ってみるようにお勧めすると、右手の親指と人差し指でちょっと触れ、それでもまだ首をかしげております。


私がラスターポット(植木鉢)の根の部分に、目立たぬように置かれた ‘SILICA GEL’ と英語で書かれた白い小袋 (乾燥剤) をお見せすると、その小袋を手にとり 『シ・リ・カ・ゲ・ル』 と英文字を読み始めました。やっとご納得・・されたようです。 


このような施設では、観葉植物が枯れそうだったり、傷んで弱っていたりすると 「観葉植物の手入れにも行き届かない」 といった印象になるのでフェイクが人気のようです。

因みに、介護士さんの事務机の上に置かれた ‘白い陶器の鉢植え’ は本物の ‘カネノナルキ’ という観葉植物でした。


そして、この日のカズさんは昼食をご家族と一緒にされる ‘外食日’ らしく、介護士さんから血圧測定を受けておりました。


                ( 実施日:2018年6月16日(土) 10:00~11:00 )




2018年8月15日水曜日

53)『クラス会?良いわよねぇ~!』  その1 (『あゝ野麦峠』の世界! 14歳で製糸工場へ)

今日は私の誕生日でした。そして午後からは3年ぶり、高校のクラス会です!

そんな話をキクさん(99才 女性)にすると、目を輝かせて、『クラス会?いいわよねぇ~。楽しいわよねぇ!』 と仰いました。

キクさんは高等小学校を卒業し、14歳で製糸工場に働きに出たとのことでした。

私は※『あゝ野麦峠』という映画を思い出しました。たしか・・、キクさんも長野のご出身だったはず。まさに映画の工女そのものでした。 以下、ちょっと調べました。


※『あゝ野麦峠』とは、山本茂実氏が1968年に発表したノンフィクション文学。副題は「ある製糸工女哀史」。


戦前に岐阜県飛騨地方の農家の娘(多くは10代で、14歳以下が2割もいた)たちが、野麦峠を越えて長野県の諏訪、岡谷の製糸工場へ働きに出た。
吹雪の中を危険な峠雪道を越え、また*劣悪な環境のもとで命を削りながら、当時の富国強兵の国策において有力な貿易品であった ‘生糸’ の生産を支えた、女性工員たちの姿を伝えた作品。

*【多くの少女達は、半ば身売り同然の形で年季奉公に出されたのである。工女たちは、朝の5時から夜の10時まで休みも殆どなく過酷な労働に従事した。工場では蒸し暑さと、さなぎの異臭が漂う中で、少女達が一生懸命に額に汗をしながら繭から絹糸を紡いでいた。また苛酷な労働のため、結核などの病気に罹ったり、自ら命を絶つ者も後を絶たなかったという。】


なお、映画(監督:山本薩夫氏)では、飛騨からの出稼ぎ女工の悲惨な面を強調して描かれているが、原作では工女の賃金にばらつきがあったことや、「我が家は貧乏だったので工女に行けなかった」、「実家の農家で働いていた方がきつかった」といった複雑な背景も描かれている。

また、糸値に翻弄される製糸家の厳しい実情などにも言及し、詳細な聞き取り調査のもと、日本の貧しく苦しい時代を懸命に生き抜いた人々を、その時代背景と共に浮き彫りにするように描かれている。

さて、キクさんと言えば
『他になんの楽しみもなかった当時は、同期会(クラス会)が唯一の楽しみだったの!』と遠いところを見る眼差しで、懐かしそうに仰いました。


                ( 実施日:2018年6月16日(土) 10:00~11:00 )



はりまや橋(純信・お馬のモニュメント)

高知 よさこい祭り



2018年7月25日水曜日

52)『適当に~ね!』(水中ウオーキング編)              (2018年6月8日 金 )

知人に水泳の基礎を教えて貰うため、TOというスポーツジムに行きました。
待ち合わせは午後2時、ジムのロビーです。私はこの日のために午後から休暇をとりました。

最近、運動不足がたたり膝痛のため、医師から水中運動を勧められておりました。幸いなことに、このジムには ‘水中ウオーキングのクラス’ もあるという事でしたので、先にこのレッスンに参加させて頂くことにしました。

知人に教わりながら準備体操をしていると、同じウオーキングのクラスに参加されるという、御年93才のチャーミングな女性 ヨシコさんを紹介されました。にこやかでウイットに富み、とても素敵な方でした!

一通りの準備体操を終え、レッスンの開始時間まで ジャグジーに入って身体を温めていると、後からヨシコさんも入っていらっしゃいました。

93才とは思えない程 お元気で若々しく 何より可愛らしい方でした。
また、お話がユーモラスで味があります。打てば響くような受け答えをされておりました。一緒にウオーキングのレッスンを受けられるのが嬉しくなりました。

さて、ウオーキングのレッスン時間になりました。
ウオーキング用のレーンに着くと、既に40人程のシニアの男女が集まっておりました。平均年齢は70才を超えているように見えました。そして皆さま、思い思いのカラフルな水着を身につけておりました。シニア世代恐るべし!

ただ、レッスンは思ったよりハードで、水中エアロビクスのようでした。
私はコーチに言われた通りに
、必死になって手(腕)を上げたり、足を(蹴り)上げたりしました。さらに腰をおとし大股で歩いたり、カニのように横歩きもしました。水中ジャンプやうしろ歩きだってしました。もう私、ヘトヘトです。

汗だくで格闘(?)していると、いつの間にか横にいらしたヨシコさんが『適当にね!』と私に向かってウインクをなさいました。しかも涼やかなお顔で。

その後も私がレーンを一周する毎に、( ヨシコさんは ‘適当にスタンス’ で優雅に半周まわりをされておりましたが )『て・き・と・う・に!』とにこやかにお声をかけて下さいました。

皆さん、嬉しそうで楽しそうで、ニコニコとしておりました。
マイペースで「今の自分に出来る事だけを楽しく行う!」と言うことなのでしょうか。シルバー世代の ‘ゆとり’ ですね。心身ともに余裕があります。

ヨシコさんは「ジムの達人!」でした。いろいろな所に ‘達人’ っていらっしゃるのですね。



photo: (c) Hiro K
http://ganref.jp/m/md319759/portfolios