2020年1月15日水曜日

87)周りの人に育てられる!

M子さん(82才 女性)のお話です。

M子さんは以前 私に「敬聴を学びたい。」と仰った方です。(このブログの75)参照。)とても前向きで勉強熱心な方です。とにかく読書家です。私も80代になった時、そのような生き方をしたいと思いました。

頻繁にメールやお電話を下さるのですが、言葉遣いがとても丁寧で品が良く、きちんと相手(私)の話しを聴いてから発言されます。(日頃から傾聴がお出来になっていらっしゃるのですね。素晴らしいです!)

因みに、彼女は12月2日に開催された私の初舞台 『朗読アラカルト』 (このブログのイベント・その他ページに掲載)にも来て下さいました。お足元の悪い雨の中を・・です。

話が脱線しますが、この朗読会には ゆしまの郷 家族会の10名を含む総勢20名もの友人・知人等にお運び頂きました。後日、NPO日本朗読文化協会の幹部の方からもお礼を言われました!

さて、いつも‘にこにこ’とされているM子さんも、いろいろとご苦労があったそうです。でも、前向きなM子さんは逞しくその荒波を乗り越えてきたようです。周りの方のお力を借りて。

私も同じです。このブログ一つとっても、自分一人では出来ません。協力して下さる友人がいて続いているのです。感謝です。

話を伺っていて 私が「私も今までの人生、いろいろな方々に助けて頂いています。 周り の皆さまのおかげさまで生かされているのだと思ってます。大病もしましたし。(周りの)みんなに支えて頂きました。

命を大切にし あまり調子に乗らないようにしているつもりです。まだ足りませんがね。養)父母をはじめ、いつも気にかけて下さる先生方、また諸先輩や友人たちに感謝です。有難いことです!」と言うと、

M子さんはお知り合いのドクターから「(あなたは)羽生結弦君や大坂なおみちゃんが コーチではなく 周りの方々(ファン)によって育てられたのと同じように、周りの方に育てられたのですね。」と言われたそうです。(ふむ、納得です。良いことを仰いますね、その先生!)

なお、M子さんは私が企画し この1月から開講する『娘義太夫のいろは』にも 募集開始の日に往復はがきで応募して下さいました。ご友人を誘ってです。私はとても有難く思いました。M子さんは、令和元年 私のkey person のお一人だったようです!


柴又帝釈天1

柴又帝釈天2



2019年12月25日水曜日

86)上皇后さまのご学友?

今日はK有料老人ホームでの敬聴です。2階フロアでの敬聴を依頼されました。

お相手は‘仲良しこよし’(このブログの81)参照。)でお会いしたサチさん (84才 女性)です。サチさんとは二度目ですが、とても慎ましやかでお優しい方です。

ソファに座り 対面での敬聴でした。サチさん (84才 女性)は群馬のお生まれで、戦時中、美智子上皇后さまが館林市の小学校に疎開されご学友になられたとのことでした。

「(美智子さまは)当時から それはそれはお綺麗で、他のクラスの子供たちも美智子さまがいらっしゃるお教室までお顔を拝見しに行ったものよ。」とうっとりと懐かしそうに、そして嬉しそうに仰いました。
「とてもお優しくてね。」とさらに続けました。

サチさんはその後 群馬から上京し、女子大の寮に4年間いたとのことでした。
「門限があり  とても厳しかったけれど、その時代が一番楽しかったわ。」と仰いました。親御さんは大切な娘さんを一人で東京に遣り 生活させるのには不安があり、その点 大学の女子寮なら安心だと思われたのだそうです。

でも、サチさんご本人は「群馬の実家にいた時よりは数段自由で、見るもの聞くものが新鮮だった。」と楽しそうに仰いました。サチさんが最も輝いていた時代なのでしょうね。


サチさんはその時に‘集団生活’を経験したため「今でも(このような施設に入居しても)誰とでも仲良くできるスキルが身に着いた。」とも仰っていました。私は、にこやかで丁寧な物言いをされるサチさんなら、どなたからも好かれるだろうと思いました。

彼女は卒業後すぐにご結婚され、お相手は大学病院に勤めていたお医者さまだったそうです。その後 暫くして借金をかかえ開業されたとの事でした。「主人は大学に勤務中には、外来の他に研究もしており 帰りも遅く、給料も安くてたいへんだったの。」と涼しいお顔で仰いました。

お姑さんやお舅さんのお話もいろいろされました。お姑さんは助産婦の資格を持つ方で、とても厳しい方だったそうです。またご自宅での開業だったので、サチさんは慣れない事務仕事を手伝い、更には当時住み込みの看護師さんもいらしたので、そのお世話もあった上に、家事も一人で全部こなし大変だったそうです。

当時、理不尽に感じても、お姑さんには〝返し口〟などは絶対に出来なかったとのこと。返し口とは〝口答え、口返答〟のことだそうです。初めて聞いた言葉でした。話が逸れますが、その〝返し口〟という言葉は‘すてき’な響きに聞こえました。

お話をされているうちに・・、サチさんは辛かった思い出が懐かしさに変わっていくようでした。良かったです!

敬聴終了後には、またエレベーターまで送って下さいました。そして仰いました。「ごめんなさいね。私ばかり喋ってしまって。」と。

         ( 2019年10月21日(月) 16:00~17:20 )


photo: (c) Hiro K
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2019年12月15日日曜日

85)『うちの娘の傾聴もよろしくね!』

106才カズさんからの提言を聴いていた時、「何で俺が気持ちよく寝ていたのに、肩を揺すって起こすんだよ! あんなに強く 痛いほど。」「もう 驚いたよ、ビックリだよ!」と憤慨した声がきこえてきました。

声のする方に目を遣ると、その声の主は 最近 入居されたコウゾウさん(85才 男性)でした。

「本当にビックリしたよ!気持ちよく寝てたのにさ・・。俺がどんな悪いことをしたって言うんだよ。」「こんなこと(肩を揺すって起こした)をされるなんて・・。(あんたは)人間じゃないよ!心臓が止まっちゃうよ!」と何度もくり返し悪態をつき、やがて・・ コウゾウさんは涙まで流し始めました。

(落語家さんの噺をきいているようで、不謹慎ですが私は思わず吹き出しそうになりました。実際、声も語り口調も落語家のようでした。)

その介護士さん(40代の女性)は、「いま寝てしまうと、夜中に目が覚めて眠れなくなるでしょ。」と宥め(なだめ)ましたが、コウゾウさんの怒りは収まりませんでした。介護士さんは同意を求めるように私の顔をみました。

私も両親の介護経験があるので分りますが、確かに 長時間 昼寝をしてしまうと夜は眠りが浅くなります。夜勤の介護士さんにとっては負担が増えるのでしょう。

ただ、長時間の昼寝をコントロールするのは仕方ない(大事)とは思いますが・・。気持ちよく眠っていらっしゃる方への起こしかた(目の覚まさせ方)に少々 問題があったのではないかと思いました。双方どちらもお気の毒でしたが・・。暫く そのやり取りは続きました。

敬聴を終え8階の喫茶ルームに行くと、カズさんの姪御さんのTさん(このブログの 28)  『えっ、総理秘書?』 と 29) 『わたくし 150才まで生きたい!』 に登場。)がいらしてました。「いつも伯母がお世話になっております。」とご丁寧なご挨拶を頂きました。

そして「いつも伯母が元気なのは、あなた様のおかげね。話を聴いてくださって!」と労って下さいました。私はたいへん恐縮いたしました。

私にとっても〝カズさんとの出会い〟は貴重な得難いものでした。カズさんがいらしたから、より敬聴に対する思いが深くなり、また楽しくなった気がします。

Tさんは更に「今度はうちの娘の傾聴もお願いしようかしら。」「よろしくお願いしますね。」等と上品で丁寧な言葉遣いで仰いました。

お嬢さんは50才だそうです。そう言えば、以前お会いしたことがありました。
「悩みをきいて、いろいろと相談にのって頂きたいの。」と。(えっ、私に?)とんでもないです。冷や汗ものでした!

        ( 2019年10月 8日(火) 14:00~15:00 )


清津峡渓谷トンネル パノラマ 1

清津峡渓谷トンネル パノラマ 2




2019年11月25日月曜日

84)『マカン マカン スダ?』

ゆしまの郷のいつもの6階フロアに着くと、既にカズさん(106才 女性)は右手奥のテーブル席近くに陣取っておられました。そして隣のテーブル席にはキクさん(101才 女性)と、リツコさん(83才 女性)も座っておられました。大きな声でご挨拶すると、皆さまにこやかに応じて下さいました。

さっそくカズさんのお傍に行くと、「あなたも大変ね。総理の秘書ってお忙しいでしょ。」と開口一番、私に仰いました。

まだ  私を安倍総理の秘書だと思い込んでおられるのです。更にカズさんは「総理はあんなに激務なのに、いつもきちんとネクタイを締め、ピシッとしたスーツ姿で決めていて偉いわ! あなたのおかげね!」とも仰いました。(私・・?)困りました。何度 訂正しても、カズさんはこの件だけは分って下さらないのです。

そこへ インドネシア人の介護士 エドさんが我々の前を横切りました。するとカズさんはエドさんを呼び止めて私を紹介し始めました。エドさんは苦笑しながら「前に紹介してもらったよ。」と片言で答えました。

その後、カズさんはもう一人のインドネシア人介護士 リオさんを見つけると「※マカン マカン スダ?」と声をかけました。リオさんは笑いながら「スダ」と答えました。
私はびっくりしました! カズさんはインドネシア語まで話せるのです。なんと・・、カズさんはトリリンガルだったのです!

リオさんに尋ねると「マカンマカンスダ?」とはインドネシア語で『食事は済んだの?』と言う意味だそうです。英語のみならずインドネシア語まで話せる「106才のカズさんは凄い!」と思いました。

※「マカンmakan」とは食事のこと。そして「マカンマカン」とはインドネシア語で「食べて食べて」という意味だそうです。また 「スダ(sudah)」とは「もう~した。もう~である。」という(完了)を表す助動詞です。

リオさん曰く、マレーシア(マレー語)とインドネシア語はとてもよく似ているそうです。ゆえに、従軍看護婦時代にマレーシアに行ったことのあるカズさんは インドネシア語(マレー語)が話せるのだろと教えてくれました。

それにしても80年近く前の言葉を覚えていて 話せるなんて凄すぎます。

話題は今日の昼食に移りました。カズさんは「最近、お粥食になっちゃったのよね。」と今度はいつになく神妙に仰いました。
私が「食べやすいし消化が良いからではないですか。」と言うと
カズさんは「でも、お粥のカレーライスよ。」と不満そうに訴えました。

「食べたい物を食べて、言いたい事を言って生きたいの! ワタクシは。」と付け加えました。そうです! そう来なくっちゃ いつものカズさんではありません。「・・・を食べて、言いたい事を言って死にたい。」ではなくて 『・・・生きたい!』が前向き(?)なカズさんらしいと思いました。
106才からの提言でした! 

          ( 2019年10月 8日(火) 14:00~15:00 )

安田講堂

安田講堂

東大 三四郎池




2019年11月15日金曜日

83)106才の自覚なし!

ゆしまの郷に着くと、なにやら賑やかな音楽が流れていました。正面玄関の壁に目を遣ると、「ゆしまの郷 敬老会」というチラシが貼ってありました。楽しげな可愛らしいチラシでした!

第一部は11時からで、第二部が14時からと書いてありました。私が敬聴をさせて頂く6階は午前中に終わったようです。

さて、6階に着くと、お馴染みの方々がテーブル席に座っておられました。キクさん(101才 女性)はテーブルに凭れ(もたれ)眠そうでした。トシコさん(95才 女性)も所在無げにされていました。でも、ご挨拶すると嬉しそうに応えてくれました。

暫くすると キクさんが身体を起こされ、私と目が合いましたのでお傍に行きました。「こんにちは。お元気でしたか。今日は敬老会だったそうですね。」と話しかけると「あらっ、そうだったかしら?」ときょとんとされました。

「そこの壁にチラシが貼ってありますよ。」とやんわりお伝えすると
「ごめんなさい。そうだった・・?みたいねぇ。」と自信無げに仰いました。
でもキクさんは「いつも来て下さってありがとうね!」と仰って下さいました。

そうこうする内に、カズさん(106才 女性)が車椅子に乗り 颯爽と現れました。聞くところによると、カズさんは今やこの施設の最年長だそうで、今日、ご長寿を表彰されたとのことでした。(介護士さん談。)

私がカズさんに「おめでとうございます! カズさんは、この施設 一番の〝お姉さん〟だそうですね!」とお祝いの言葉を述べると

「そうみたいね。自覚症状はないけどね!」とのお返事。他人事のように笑って仰いました。最高です、ユーモアのセンスも抜群です。(エクセレント!)

その後、今日頂いた表彰状を見せて頂くために、 カズさんのお部屋にお邪魔いたしました。4度目の訪問でした!

お部屋の片隅にあるチェストの上に、安倍晋三総理から戴いたという「百歳への表彰状」と小渕恵三元総理から戴いた「第一期生 ※従軍看護婦への感謝状」の隣に、今回の表彰状が立てかけてありました。

※日本の従軍看護制度が始まったのは明治20年代と言われる。1890年(明治23年)4月に、日本赤十字社看護婦養成所に10名が一期生として入校した。養成期間は3年で、卒業後には20年間にわたり応招義務が課せられた。

           ( 2019年9月21日(土) 14:00~16:00 )

迎賓館赤坂離宮 庭園

迎賓館赤坂離宮




2019年10月25日金曜日

82) ガッツポーズ!

今日もK有料老人ホームでの敬聴です。 四回目となりました。
1階の事務の方より「今日は4階で行って欲しい。」と言われました。エレベータに向かっていると、先程の事務員さんが追いかけてきて「すみません。2階フロアでお願いします。」と変更されました。

2階に着くと、車椅子に座り カウンター席に一人ポツンとされている コウタロウさん(78才 男性)という方がお出ででした。男性入居者と一対一での敬聴は初めてでした。(大丈夫かな・・。)少々、わたくし 緊張してきました。

先ずはご挨拶と自己紹介をいたしました。コウタロウさんも‘やむ無く’介護士さんに紹介され頷きました。富山ご出身だそうです。J大学病院に通うための入居だそうでした。(凄い!)

少しお話をしましたが、コウタロウさんは(さっきまでお傍にいらしたと言う)もう一人の男性を探し始めました。お尋ねするとその方は40才くらいの入居者(?)だそうですが・・。その方を探しに行きたいので、車椅子を押して欲しいと頼まれました。しかし入居者さんの車椅子を押し移動するのは、傾聴ボランティアの禁止行為です。

結局、介護士さんが宥め(なだめ)賺(すか)して彼の車椅子を押しながら出ていきました。(因みに、その探していた男性とはリハビリの先生でした。)

その後、別の介護士さんから「この方と一緒に4階に行って頂けますか」と頼まれました。この方とは・・、前回 敬聴させて頂いた カツコさん(85才 女性)でした。(このブログの79)参照。)

カツコさんは私を見るとニッコリとなさいました。覚えていて下さったようです。介護士さんに車椅子を押されたカツコさんと一緒に4階に行き、フロア隅のカウンター席に移動しました。

あらためてカツコさんに向き合うと、薄ピンク色のマニキュアをした爪が目に留まりました。今日も素敵なメタルパーツが付いていました。そして指には豪華なルビーの指輪! 私が爪のマニキュアをお褒めすると、カツコさんは「本当はもう少し濃い色の方が好きなの。」と仰いました。そして・・、ファッションの話に花が咲きました。

カツコさんは私の着ていた服(濃いオレンジ色の麻のセーターと白いバミューダパンツ)を褒めて下さいました。そして私が着けていた馬のペンダントに手を伸ばされ触れました。

「あなた、センスが良いのね!」と。そして・・ 「それはどこのブランド?」とお尋ねになりました。「いえいえ、大したブランドではありません。」とお答すると、カツコさんは目を丸くされました。私は 前回 尋ねられた「そのパールのネックレスはミキモト?」を思い出しました。あの時も困惑いましたけれど・・。

カツコさんへの敬聴終了後、4階の皆さまにもご挨拶をして帰ろうとすると、(4階に入居の)マサさん(85才 女性、少々‘辛口’な方)から「次は(私にも?)話を持って来てね!」と言われました。

私がお一人の方とだけ話をしていたので、お淋しかったのでしょうか。羨ましかったのでしょうか。私は複雑な気持ちになりました・・。

でも、私が皆さまに力こぶを作ってみせると、あのマサさんからガッツポーズを返されました!
         ( 2019年  9月  10 日(火)16:00~17:00 )


紅葉と高揚
photo: (c) Hiro K
http://ganref.jp/m/md319759/portfolios


2019年10月15日火曜日

81)仲良しこよし

今日は介護付き有料老人ホームでの敬聴です。 ここも三回目となりました!

施設の方から今日は2階で行って欲しいと言われました。2階フロアに到着すると、エレベーターで同乗のヨシコさん (88才 女性) も一緒に降りられました。
(この階の方だったのですね。)ヨシコさんに導かれ、私はフロア中ほどのソファに着席いたしました。

すると、このフロア担当の介護士さんが 「サチさんもお呼びして、ご一緒にお話されたらどうかしら。」 と提案なさいました。お二人は大の仲良しだそうです。この施設で初めてお会いした方同士なのに・・です。(良い方に巡り合えてお二人はお幸せです。)ヨシコさんは頷き 私と向い合せの席に座られました。

ヨシコさんに日常の過ごし方などを伺っていると、
「ごめんなさい! 遅くなってしまって。」と申し訳なさそうにサチさん (84才 女性) がフロアに現れ、話の仲間に加わりました。

初めは お二人とも緊張(?)なさっているせいか、会話も弾みませんでしたが、施設でのお食事について話をふると、お二人ともにこやかな笑みを浮かべ 話し始めました。

お二人はお肉が大好きだそうで、「(ここの施設では)食事にステーキが出ないのが少し不満だけど、食べたい時には自分で近くのお店に買いに行けば問題はないわ。」とヨシコさんは仰っていました。
(なるほど、それくらい積極的に行動できるなら お元気だということですよね。素晴らしいです! ‘ご自分がしたい事や出来る事はご自身で’ですね。)

そして極めつけは〝お酒〟の話でした!ヨシコさんは更に饒舌になり、お話しが盛り上がりました。(お酒が大好きのようです!) 施設でも夕食時にはアルコールは召し上がっても良いのだそうです。そしてヨシコさんのお部屋の冷蔵庫には常にビールが入っており、ブランデーも常備しているとのことでした。晩酌と寝酒用のためとか。(これまた素晴らしい!)

私は亡き母を思い出しました。
母はお酒が大好きでしたが、施設に入ってからは お花見の時に小さな缶ビールをあげても「苦い!」等と言って 飲めなくなりました。食事も肉料理(特に牛肉のステーキ)を食べたがりました。(お鮨が大好物だった母が・・です。)施設の食事は鶏肉や豚肉が多く しかも ひき肉料理がよく出ると言っていました。

当時 私は、お年寄りには ‘噛みやすくて食べやすい’ ひき肉料理が無難なのだと思っていました。でも今思うに お年寄りだって たまには牛肉料理も食べたかったのだと察します。身体が欲していたのだと思います。それだけ食欲があるのは元気の証のような気がしました。

因みに、その証拠にヨシコさんはお丈夫で、なんと50才から病気知らずとのことでした。(好き嫌いがなく、なんでも美味しく召し上がるからでしょうか。凄いです!)

その後、ヨシコさんは ますます フレンドリーになり、「貴方もここにいらっしゃれば(入居すれば?)良いのに!」と仰いました。(私、ポカーン・・・。)
サチさんはすかさず「この方は まだお若いから 無理よ。早いわよ。」とフォローして(?)下さいました。
「あら、そうだわね。ちょっと若いわね。残念!」とヨシコさん。(ホッとしました。私も)

敬聴終了後には、お二で一緒にエレベーターのところまで送って下さり、名残惜しそうにいつまでも手を振って下さいました・・。お揃いの金(ゴールド)と銀(シルバー)のステキな室内履きシューズで。

私は何だか幸せな気持ちになりました。「敬聴をさせて頂いて良かった!」と思いました。

           ( 2019年  8月  8 日(木)16:00~17:00 )

円成寺 大日如来

円成寺