2018年5月15日火曜日

47) お久しぶりです! その1

6Fフロアーの皆さまへの敬聴訪問は、インフルエンザの罹患者が続出したため
2月・3月と訪問を禁止されて、なんと3か月ぶりでした。(1月は6Fの代わりに3Fフロアーにて敬聴させて頂きました。)

早速、カズさんを探してみると・・、あっ、いらっしゃいました! 
お元気そうです。このお正月で確か105才になられた筈のカズさん(女性)です。そして、すこし離れた所にキクさん(99才 女性)もいらっしゃいました。ヨウジさん(93才 男性)も・・! 皆さま、とてもお元気そうです。

今回は初めてお昼前の時間帯(11時)に、お邪魔いたしました。カズさん達は、TVが置かれている‘いつものブース’ではなく、窓際の明るい採光が差し込む‘ 対面式’のテーブル席に鎮座されておりました。

先ずはカズさんにご挨拶を。しかしお傍に行くも・・、カズさんは少し怪訝そうなお顔をされ私をみておりました。すかさず 私が首からぶら下げたネームプレートをお見せすると、にっこりとして『あらっ、〇〇さん(私のこと)、お久しぶりね。一年ぶり位じゃないの?』と仰いました。(良かったです! 思い出して頂けて。)

毎日の変化が乏しい施設では、月日や時間の感覚が鈍くなり、長く感じるのでしょうね。(淋しい思いをさせてしまったようです。ごめんなさい!)

私が『1月にも伺ったのですけれど、6Fにはインフル(エンザ)さんがいらっしゃるとかで、3Fに行くようにと(事務の方に)言われて・・。』


『その後、2月・3月も「インフルエンザの方がいらっしゃるので・・」という事でボランティアを断わられてしまってね。』と言うと、直ぐ前の席に座っていた、※カツコさん(80才 女性)が『わたしなの、インフルに罹ったのは。第一号!』とちょっと自慢(?)そして恥ずかしそうにお答になりました。
 ※このブログの41)『北朝鮮に行ってたの?』に初登場

私が『それは大変でしたね。今はすっかり良くなられたのですか?』とお聞きすると、カツコさんは『わたしは大丈夫! でも、その後 他の方々も罹られて・・。』と、今度は申し訳なさそうに仰いました。

その時 大きな配膳用のワゴンが目の前を通り過ぎました。
そして男性の介護士さんが、皆さまに『今日のお昼はラーメンだよ!』と言いながら、女性の介護士さんと共に食膳の準備を始めました。

    ( 実施日:2018年4月7日(土) 11:00~12:00 )

 


春日大社


2018年4月25日水曜日

46) 【番外編】 「MCI (軽度認知障害)その時あなたならどうする!?」

          ―講演会 その2― 2018年2月3日(土)

MCI(
軽度認知障害)と診断された山本氏は、以下のような治療法を選び、現在も続けているそうです。

①薬の服用
②デイケア(通所リハビリテーション)で認知力アップのトレーニング
 メニューは「筋トレ」「芸術療法」「音楽療法」「デュアルタスク」

  「認知ゲーム」等。
   これらは脳に刺激を与えることで症状の進行を遅らせることが出来る。
③本山式筋トレ(効果大だと山本氏は提唱。)
 強めの筋トレで脳に刺激を与えることにより、脳細胞と感覚神経がつながる

 という理論
④生活習慣の改善

 
※以下は山本氏が提唱する【規則正しい生活 (生活のメリハリ) 7つの習慣】

①運動:30分位の速足散歩(会話が出来ない位の速さ)で
坂道や階段を使い
      1日1万歩を歩く。これを週3~4回行う。
    少し強めの筋トレ(使っていない脳細胞に刺激を与え、脳と各神経が
    繋がる。つまり、筋トレにより脳内で傷ついた血管の代わりに新し
    い血管が作られるように促され、さらに新しい 神経細胞のシナプス
    も生み出されるので、一度衰えた『脳内ネットワーク』を強化するこ
    とが出来るため。)
②料理:買い物から始め、料理の段取りも考える(認知機能低下を防ぐ) 
    
なるべく、脂っこいものや塩分の強いものを控えたバランスの良い食
    事にし、青魚、野菜、玄米などを積極的に摂るようにする。
③歯みがき:自分の歯で噛むことが脳に刺激を与える。
 
      山本氏は一日に5~6回歯みがきをするとのこと。
④音楽:山本氏はプサルテリー(ヨーロッパの擦弦楽器、48本の弦を弓で弾
    く)を奏で、毎月演奏会を催して、記憶力と注意力の改善を図って
    いるとのこと。
⑤絵を描く:発想力や集中力が鍛えられ、脳の活性化に繋がる。
⑥脳のトレーニング(知的活動):注意力等を高める。

    パズルや折り紙、麻雀や囲碁、将棋などが良い。一人でやるよりは
              大人数でワイワイと楽しんでやることも『脳内ネットワーク』に良い
       影響を与える。
    また、認知ゲーム(アメリカの脳エクササイズ)等も良いらしい。
⑦睡眠:
7時間以上の睡眠と20分程度の昼寝脳機能が回復する。
    睡眠がアミロイドβ(認知症の原因の一つ)と言うたんぱく質を洗 い流
    してくれるため。そして睡眠薬の服用や夜更かしは禁忌とのこと。

※上記のように、負担の少ない習慣(15~20分程度)を作り、毎日同じ時間に

 行い、継続する事が大切であるとの事。そして前向きに生き、いろいろな事
 に挑戦して社会との接点を持つ事がとても大事とのことであった。
 もちろん、ストレスは厳禁である。

【結論】
・脳からのSOSのサインは患者本人が一番早く気付く
・変だと思ったら、先ずは専門医に相談する
・早期発見すれば、早期に治療ができる。

【補足】
最近では、意外な嗜好品が認知症予防に有効という報告もある。
イタリアのバーリ大学などの研究チームが発表したところによると、習慣的にコーヒーを飲む人は飲まない人と比べてMCIになりにくく、コーヒーを飲まない人に比べ発症リスクが1日1杯で半分、1日1~2杯だと3分の1まで減少したという。  

                           
                                       
四天王寺 蜂須賀桜




東寺

2018年4月15日日曜日

45) 【番外編】 「MCI (軽度認知障害)その時あなたならどうする!?」

    ―講演会 その1― 2018年2月3日(土) 

傾聴の会主催の「※MCI(軽度認知障害)」の講演会に出席しました。

講師は山本朋史氏。1952年生まれの現在65歳です。週刊朝日で30年以上もスクープ記者として活躍し、また、安野光雅画伯の担当もしていた方です。
私は2017年の11月に放映された、Eテレの「あしたも晴れ! 人生レシピ」で山本氏を拝見したこと がありました。
 

彼は60歳を過ぎた頃から物忘れが多くなり、その後に受診し、2014年1月に軽度認知障害(MCI)と診断され、現在、認知症の早期治療に励んで いる当事者です。

※MCI=Mild Cognitive Impairment(軽度認知障害)は、認知症の前段階(予備軍)と言われ、 適切な手当てをしなければ認知症になる確率が非常に高く、早期発見・早期治療が重要と言われている。放っておくと4~5年で認知症になるが、軽度認知障害(MCI)は治る確率が高い。

MCI 5つの定義
1.記憶障害の訴えが本人または家族から認められている
2.日常生活動作は正常
3.全般的な認知機能は正常
4.年齢や教育レベルの影響のみでは説明できない記憶障害が存在する
5.認知症ではない


MCIを放置すると認知機能の低下が続き、MCIから認知症に症状が進展する人の割合は年 平均で10%と言われている。そして5年間では約40%の人が認知症へとステージが進行する。

厚生労働省は、認知症とその予備軍とされるMCIの人口は862万人存在すると発表しており これは65歳以上の4人に1人という事で、認知症やMCIはとても身近な問題である。
 

MCIは適切な治療・予防をすることで回復したり、発症が遅延したりすることもある。従って、早期にMCIに気づいて対策を行い、症状の進行を阻止することが大切である。適切な対策を行うことで、MCIになったとしても認知症の症状が最 後まで出ずにすむケースもある。

山本氏のMCIへの兆候は、取材日程のダブルブッキングやメモをする時に簡単な漢字さえ出てこなかった事などだそうです。
 

※以下に、自分でできる「軽度認知障害セルフチェック」を記載します。
 

・この頃物忘れがひどいと思う、他人からもひどいと言われる。
・頻繁に物忘れや探し物をする
・何かしようと思っても、何をしようとしたのか直ぐに忘れる
・最近、億劫で何事もやる気が起きない
・覚えていたはずの漢字が書けない時がよくある
・今日が何日だったかよく忘れる
・家電製品やスイッチの操作にまごつくことが多い
・会話で言葉がすらすら出てこないことが多い
・字を読むことが面倒で新聞や本を読まなくなった

上記の症状をもとに山本氏は病院に行き、「認知機能検査」や「MRI」などの精密検査を受けMCIと診断されました。



恩賜上野公園

桜坂のさくら



2018年3月25日日曜日

44) 素敵な女流日本画家さん! その2

その素敵な女性とは、 I さんと言う有名な日本画の画家さんでした。お年は72才との事です。彼女はご自身の作品が載っている美術展の画集を手にしておりました。

I さんはパーキンソン病を患っているという事で、言葉は不自由でしたが、懸命に話され
、また画集の何冊かを私に見せてくれました。そしてハガキ大の写真に収めた、ご自分の作品を私に手渡しました。現在、施設1Fのロビーに飾ってある絵と掛け替えるものだそうです。セピア色の可憐な草花の絵でした。60号サイズ位はありそうでした。

その後も時間が大幅にオーバーする程、たくさんのお話を聴かせてくれました。

一所懸命に話される I さんのお話を、私は全身を ‘耳’ にして伺いました。
そして・・、I さんは私を見据えると 『 あなたも ‘わがまま’ に生きなさい! そして自分がしたい事はしておきなさい!』 と仰いました。
『 (生きるってことは) キレイ事ではないのだから。』 等と・・。

重みがあります、言葉の一つ一つに。I さんもいろいろとご苦労されたのでしょうか・・。

私は返す言葉もなく、I さんを力づける為に 『まだ、お若いです。母(生母)と比べれば・・。』 と言うと、 I さんは 『 病気(パーキンソン病)でなければね・・。 』 と静かに仰いました。余計なことを言ってしまったと後悔しました。(まだまだです、私は。)


それから I さんは、同じパーキンソン病で一年半くらい前に亡くなった、永六輔氏とは大の仲良しだったそうで 『よく お食事に行ったものよ。』 と懐かしむように話して下さいました。( ・・驚きました。実は永六輔氏とは私も些かご縁がありました。)

私が 『 母はもう87才ですが、いま闘病中で・・、でも頑張ってます!』 と伝えると、I さんは目を潤ませました。
 

彼女は私との ‘会話’ に満足されとても喜んで下さいました。そして私も学ぶところの多い時間を過ごさせて頂きました。
今度また、3Fにも是非に敬聴に伺いたいと心から思いました。

帰りがけに、I さんから教えられた 1Fのロビー真ん中の壁を見やると、見事な50号サイズの I さんの絵が飾ってありました。

清々しく凛とした、まるで I さんそのもののような白いコブシの花の絵でした!
早春に他の木々に先駆けて白い花を梢いっぱいに咲かせるコブシの花です。
別名 「田打ち桜」 とも言うそうな。

( 実施日:2018年1月21日(日) 14:00~15:30 )



岡本三丁目の夕陽

世田谷区岡本三丁目の坂から望む富士山


2018年3月15日木曜日

43) 素敵な女流日本画家さん! その1

今日はいつもの6Fフロアーではなく3Fで ‘敬聴’ するように事務の方に言われました。6Fにはインフルエンザに罹った方がいらっしゃるからだそうです。

内心はとても残念でした。なぜって?・・今日は今年初めての敬聴の日だったからです。
このお正月で105才になられた筈のカズさん(女性)や皆々さん、お元気でしょうか。お会いしたかったのですが・・・。

3Fに着くと6Fのフローとはテーブルの配置等が異なっておりました。
そして入所後 一週間のYさん(80才 女性)のお話を聴くことになりました。

Yさんは初めのうちは顔をしかめ、とても不安そうでした。
家族(娘さんとお孫さん)はお仕事があり忙しいので、この施設に預けられたと嘆いておりました。早く自宅に戻りたいので、リハビリの先生を待っていた!との事です。(でも・・、確かリハビリは日曜ってお休みのはずですが。)

わたし、リハビリの先生でなくて申し訳ないです・・。

しかしお傍でお話をし始めると、時おり、笑みも見せてくれました。

そうこうするうちに、テーブルの真向かいに、Hさんと言う82才の女性が介護士さんに身体を支えられ席に着きました。なにか独り言をブツブツとつぶやいておりました。

Yさんは『あのおばあちゃん(Hさんのこと)は歌がとっても上手なの。』『一曲 歌ってもらったら。』と私に勧めました。そこで私がHさんに一曲歌をお願いしてみると、Hさんは嬉しそうに「チューリップ」と「七つの子」を歌って下さいました。声がとても可愛らしく澄んでおりました。

更にリクエストをすると「どんぐりころころ」や「あめふり」、「夕焼小焼」等を次々にご披露して下さいました。とてもお上手でした。
年齢を重ねたせいでしょうか、私は さいきん 童謡をきくと胸がいっぱいになります。

そんな時、介護士さんから 『あちらの方がぜひ貴女とお話ししたいと仰ってます。』 と呼び掛けられました。 逆指名?


振り向くと、70代の女性の方がじっと私を見つめておりました。
とても素敵な方でした。でも・・、こんなケースは初めてです。


( 実施日:2018年1月21日(日) 14:00~15:30 )



岡山 後楽園前のポスト

岡山城

2018年2月25日日曜日

42) 【余談 3】

晩年、母は認知症になりました。でも、元気だった頃には、いろいろな方々をお呼びして料理を振舞うのが大好きでした。

私が友人たちを花火大会(以前 住んでいた板橋区の ‘花火大会’ は有名!)やお正月に招くと、口では『まったく、お友達を呼ぶなんて、忙しくて大変だわ! (あなたは)直ぐにお友達を家(うち)に呼んじゃうのだから・・。』等と言いながらも、嬉しそうに、いそいそと沢山の料理を拵えて(こしらえ)おりました。

友人の多くは私に会いに来ると言うよりも、母に会いに 延いては母の料理を目当てに遊びに来るのが常でした。また、ちゃっかりした友人などは、彼女のボーイフレンドや姉妹までも一緒に連れてくるような有り様でした。
そして母は、大目に拵えた料理の数々を全部(家族の分さえも残さずに)、招いた友人等にお土産として持たせておりました。

そんな母を (そして私をも) 父は頭(かぶり)を振りながら 「こんな狭い家に( 人様をお招きするような家でもないのに ) しょうがないなぁ。」 と言うような面持ちで、でもやさしく見守っておりました。素敵な父母でした。理想の夫婦でした!

年を重ね、足腰が衰えて一人では外出が困難になってくると、あれ程 ‘外’ に出ることが好きだった母は、滅多に出かけなくなってしまいました。

思うに・・、ご近所の方々に 老いて腰が曲がり、歩行が覚束なくなった姿を見せたくなかったのでしょう。ある日、やむを得ず出かける羽目になった母を一人では危ないと言うことで、従姉が手を繋いで歩いていた時のことです。運悪く(?)知人と出くわした母は、とっさに握っていた従姉の手を離したそうです。弱みを見せたくなかった母の ‘プライド?’ でしょうか。

その数年後、母はやっと入所できた施設のベッドから転落し、大腿骨を骨折し入院してしまいました。結局、それが原因で施設には戻れなくなり、病院を転々とする、いわゆる ‘病院お遍路さん’ になりました。

でも、何処に行ってもいつも前向きな母は、看護師さん達に可愛がられ、痴呆ながらも山形県の民謡 『真室川音頭』 を彼女たちの前で唄い、教えたりしておりました。周囲の人々から可愛がられる、とてもチャーミングな自慢の母でした。

さらに痴呆が進んでからも、ことある度に 『早く家に帰って、みんなに美味しい料理をご馳走したい!』 と言っておりました。

ただ、悲しいのは・・、病院が変わるたび (入院期間制限があるため)、自宅に帰れるものと勘違いした母は 『まぁ、こんなに(たくさん)皆が来てくれて! せっかく来てくれたのだから、今日はたくさんお料理を作るわね。』 等と言って、はしゃいでいたことです。いま思い出しても胸が熱くなります。

【そして序ながら・・】 そんな母の葬儀には、大勢の友が集まり、さながら (母に世話になった) 私の友人等による “友人葬(宗教団体によるものとは別)” のようでした。母の人徳でしょう。

新潟の友人(開業医)は 『なま仏に会いたかった!お母さんにとてもお世話になったから。』 と言い、忙しい合間をぬってお通夜に駆けつけてくれました。有難いことです。

そして、以前 お世話になっていた 特養の当時の介護士さん達4名も仕事着の短パン姿のまま かけつけて下さいました。口々に『○○さん(母のこと)には
とてもお世話なり、いろいろ教えて頂きました。』と涙ながらに仰って下さいました。痴呆の母が介護士さん達のお世話を? 一体、何をお教えしたのでしょうか。

「人間とは何か、プライドとは何か、そして痴呆になった人の ‘尊厳’ とは・・。」 など等を考える今日この頃です。

※ 因みに
【余談 1】はこのブログの 24) のプライド!に。
【余談 2】はこのブログの 27) の番外編「回想法」その2 に掲載しております。


【風花に佇む】
photo: (c) Hiro K
http://ganref.jp/m/md319759/portfolios

2018年2月15日木曜日

41) 『北朝鮮に行ってたの?』

カズさんは6Fフロアーではお姉さん的存在です!
誰も文句など言えません。だってフロアー 一のご長寿、‘100年もの’(このブログの35)に掲載)の103才ですもの。

カズさんは ‘健康診断’ によるお疲れのため、暫くの間、自室で休まれていたようですが、車イスに乗り
気だるげにフロアーに現れました。私を見つけると 『ああ、良かった! ○○さん (私のこと) 無事だったのね。』 『北朝鮮にでも行っていたのかと思っていたのよ。 毎日毎日 「○○さんを守って下さい!」 とあなたの無事を祈っていたのよ!』 と仰いました。  
「ええっ?!」 私は返す言葉が見つかりませんでした。

(カズさんは私のことを ‘安倍晋三総理の秘書’ と未だ頑なに信じているのです。
  詳しくはこのブログ 28) 29) に掲載)

でも・・、「まっ、いっか!」 お年寄りの ‘勘違い(妄想)’ など たいして罪にもならないでしょう。内容はともかく、私は ‘無事’ を祈って頂いて有難いと思いました。 

・・・さらに続きました。 『虎屋の羊羹を持って行ったの?』 と・・。なかなか具体的です!

そしてカズさんは 『今日はね、年一回の健康診断の日で、さっきレントゲンと血液検査、そして尿検査もしたのよ。』 と教えてくれました。さすが元看護師さんです。受けた検査内容を正確に教えてくれました。

他の方々は 『血を採られた!』 とだけ仰っておりましたが。

  最近 新しくカツコさん(80才 女性)と言う方が入所されました。毎日ご家族の方がお土産を持ってお出でになるそうです。(カズさん談)


そして、カズさんは 『(カツコさんの)お部屋はとても綺麗だから、あなたも見せてもらいなさい。』 としきりに私に勧めました。言い出したら聞かないカズさんです。
私は改めてカツコさんにご挨拶し、どうしたものか・・困惑し、お互いに顔を見合わせるよりほかはありませんでした。

でも・・、結局 私はカツコさんのお部屋にお邪魔することになりました。


カツコさんにご案内して頂き なかに入ると、そこには無駄なものが何も無く、さっぱりとした素敵なお部屋でした。
壁際のチェストの上には、サンスベリア(トラノオ)とクンシラン(君子蘭)、ドラセナ等の観葉植物の小さな鉢植えが置いてありました。
なるほど! 爽やかでスッキリとしたお部屋です。


一方 キクさん(99才 女性)は、白寿のお祝いに、施設から名前の入った ‘ひざ掛け’ を頂いたそうで、介護士さんから私も見せて貰いました。キクさんの元にその ‘ひざ掛け’ をお届けすると、とても嬉しそうに膝にかけておられました。


敬聴終了後、この日は今年最後の敬聴訪問日でしたので、お一人ひとりのお名前をお呼びして、年末のご挨拶と握手をさせて頂きました。

そしてエレベーターに向かう途中、いつの間にか エレベーター寄りのテーブルに一人 ぽつんと座ってらした、ミヨコさん(88才 女性)を見つけました。

ミヨコさんのお傍に行き、お名前をお呼びしてご挨拶すると、ミヨコさんはちょっと驚いて、 『あらっ、私の名前を覚えていてくれたの? ありがとう!』 『でも、ごめんなさい。私はあなたの名前を覚えていないの。』 と悲しそうに仰いました。
私は鼻の奥がツンとしました・・・。
 

奥のフロアー テーブルからは 『またね!』 と叫ぶ、カズさん達の声がきこえ、いつまでも笑顔で手を振って下さっておりました。

  ( 実施日:2017年12月9日(土) 14:00~15:00 )



水滴に閉じ込めて
photo: (c) Hiro K
http://ganref.jp/m/md319759/portfolios