カズさん(105才 女性)が訴えました。105才からの提言です!
「エド(インドネシア人の介護士)はね、単語しか言えないのよ。だからコミュニケーションがとれないの。」
「そしてね、何かあるとすぐに大きな声を出すの。」とカズさんは頭(かぶり)を振りました。
「皆がいうことを聞かない時に。」とカズさんは顰め面(しかめづら)をして続けました。
「そばに行って話をきくとか、説明するとかをしないのよね、彼らは・・。」
「皆、ビックリして、かえって萎縮してしまうのにね。」さらに続けました。
外国人介護士さんを雇う際の問題点です。よくご覧になっていますね。
その後、話は先日受けたばかりという ‘インフルエンザの予防接種’ の話しに移りました。因みにカズさんは「インフルエンザワクチンは筋肉注射!」と言い切っておりました。
さらに「※筋肉は身体(からだ)を構成している(一番)大切なものなの。」と力説しました。さすが元看護師さん、偉大なOBです。
※1筋肉の減少は進行すると命に関わることもある
筋肉量の減少は30代から始まるが、特に40代以降は顕著になる。健康な人でも80歳前後には30%程度の筋肉が減少する。
2筋肉は脳に直結しており、鍛えるには脳神経の興奮が必須
筋肉は身体を動かす運動器という役割にとどまらず、生きた器官として全身の臓器と密接に関わっている。骨格筋として姿勢や動作を保つ役割は想像がつくが、消化管や血管など内臓の動きにも関与している。
体の中には発汗の際に働く汗線周囲の筋肉や、視力を調節するレンズ周囲の筋肉など小さな筋肉も含めると650種類もの筋肉があり、その全てが連動して生命活動を支えている。これら全ての筋肉には共通点があり、筋肉は神経を介して脳とつながっているということである。
(でも・・、インフルエンザの予防接種って、筋肉注射だったかな? 皮下注射では
なかったかしら?)等と生意気にも素人の私は思いました。
それで少々調べました。すると良い記事が見つかりました。タイムリーでした。
それは亀田総合病院 健康管理課の医長が関連施設において「インフルエンザワクチンの皮下注、筋肉注射における発症率および副反応について」の調査を2018年10月1日から行っていると言う記事でした。
【研究の意義と目的】:「インフルエンザワクチンは国際的に筋肉内への注射で行われています。しかし、本邦は皮下への注射が薬剤説明書の方法となっています。
筋肉注射が国際的方法となっている理由は、腫脹や痛みなどの注射部位の副作用が
少ない事や、感染防御能力をしめす抗体の増加が良好であるためです。
ですから筋肉内注射が最良の方法と考えられますが、本邦の薬剤説明書に記載がない方法のため、医療現場においては最良の方法が簡単には選択できないという問題を起こしています。よって筋肉注射の有用性を検証する調査が本邦には必要です。・・云々。
本研究は筋肉注射と皮下注射でのインフルエンザ症状の発症率を比較するのが目的となります。他に副作用を比較するのも目的といたします。」(抜粋)と書かれておりました。
つまり、現状はインフルエンザワクチン注射は皮下もしくは筋肉で行っており、担当看護師や病院により 打つ部位や方法が異なっているようなのです。
カズさんが熱弁をふるっている時、介護士のエドさんがにこにこして、トシコさん(仮名95才 女性)に向かて 「タコ。」 「タコ。」 と連発しておりました。
カズさんまで 「タコちゃん?」 と言って振り返りました。
以前、私はトシコさんから 「本名は種子島で生まれたので ‘タネ’ 。」 とお聞きしたことがあります。その後 何故か [タネ] が漢字となり [夕子(ゆうこ)] へ、そして今は愛称(?)の [タコ] になったようです。
私がトシコさんに 「(トシコさんは)人気者なのですねぇ。愛称で呼ばれるなんて!」 と言うと、ニコリともしない表情で 「ふざけているのよ。」 と一刀両断でした。
そうですね。‘タコ(蛸)’ ではねぇ、確かにちょっと・・。悪意はないのでしょうが、褒め言葉には聞こえません。それと、両者の距離感・・もありますかね。
それはさて置き 敬聴終了後には、皆さま にこやかに手を振り送ってくださいました!
( 2018年11月17日(土) 11:00~11:30 )
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| 影富士1 |
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| 影富士2 |
この日、私は整形外科の受診日でした。
診察が終わり 看護師さんから処方箋を頂くのを待っていると、お隣に座った年配の女性から声をかけられました。
「わたし・・、何才だと思う?」と。「(うーん)・・。」私は考えました。
すると「もうね、92才になるの。」と、にこにこしてお答えになりました。
「あら、ほんとですか。 見えませんね!」と私。
「この年になるとね、何もかもが大変なのよ・・。でもね、一人息子が何でもしてくれるの。ご飯も作ってくれて、ゴミ出しもしてくれるのよ。『私が(ゴミ出しを)するわよ。』って言っても聞かないの。」とその方は続けました。
「それは とても親孝行な息子さんですね。ありがたいですね。」と私が言うと、「本当よね。でも60(才)を過ぎてまだ独身なのよ・・。」と少々顔をしかめました。
それから、少し離れたところに座っている、酸素ボンベカートを携え、鼻チューブ(カニューラ)を装着した、3才年下だというご主人の話や生業などを詳しく話し始めました・・。私はあまり立ち入った話にならないように注意しながら、お聴きしておりました。
話はあれこれと長く続きました・・。
それから、唐突に 膝の上のバッグから歌手の ‘氷川きよし’ さんから頂いたという ‘セピア色になった年賀状’ を数枚取り出しました。いつも持ち歩いているようで四隅がボロボロでした。
以前は後援会に入っていたそうです。後援会に入会していた年数分の年賀状でしょう。私に一枚一枚、宝物のように見せて下さいました。もちろん手書きのメッセージがない大量印刷の年賀状でした。
「前に 知り合いに見せたら、『あの人はダメよ!』と氷川きよしくんを悪く言うのよ。」と口惜しそうに仰いました。
私が「人の好き嫌いなんて十人十色ですから、気にしないで応援すれば良いんじゃないですか。」と答えると、おばあちゃんは顔をほころばせました。
そうこうする内に診察の順番がきたようで、おばあちゃんの名前が呼ばれました。おばあちゃんは大事そうにその年賀状をバッグに戻し、持っていた杖を真っ直ぐに突きなおして 腰をあげました。
そして「話を聴いてくれてありがとう!」と私にお礼を言って下さいました。
診察室のドアが開いてからも何度も振り返り会釈をしてくれました。
私は(少しは良いことをしたのかな。)と思いながら、時計に目をやり急いで会計に向かいました。
( 2018年10月24日(水) 9:00~10:00 )
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| 建仁寺 双龍図 |
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| 四天王寺 |
カズさん(105才 女性)は従軍看護婦時代の「※2デング熱」や「※3コレラ」について話をしてくれました。
当時(コレラは別ですが)デング熱に感染しても、若いので数日安静にしていれば治ったそうです。看護婦という職業柄や勤務地が東南アジアの熱帯地域、シンガポールという事で伝染病に罹る率は高かったとのことです。
日本赤十字社看護婦養成所を卒業した者は、平時には日赤病院その他に勤務し、戦時招集状が届けば、いかなる家庭の事情があろうとも戦地に出動するのが原則であったとのこと。
※2デング熱:ネッタイシマカなどの蚊によって媒介されるデングウイルスの感染症であり、熱帯病の一つである。デングウイルス感染症がみられるのは、媒介する蚊の存在する熱帯・亜熱帯地域、特に東南アジア、南アジア、中南米、カリブ海諸国であるが、アフリカ・オーストラリア・中国・台湾においても発生している。蚊の吸血活動を通じてウイルスが人から人へ移り、高熱に達することで知られる一過性の熱性疾患である。症状は発熱・頭痛・筋肉痛・関節痛、はしかの症状に似た特徴的な皮膚発疹など。
治療方法は対症療法が主体で、急性デング熱には今起きている症状を軽減するための支持療法が用いられ、軽度または中等度であれば経口もしくは点滴による水分補給、より重度の場合には点滴静脈注射や輸血といった治療が用いられる。
※3コレラ:コレラ菌を病原体とする経口感染症の一つで、衛生改善と清潔な水へのアクセスが必要である。経口コレラワクチンは投与するとおよそ6か月効果が続く。主な治療法は経口水分補給である。尚、コレラにかかっても、栄養状態の良い日本人が死ぬことはまずない。軽い下痢で終わる人も多いようである。治療は点滴。下痢がひどい場合には水分がどんどん失われので取敢えず点滴。抗生剤で治療しなくても殆どの場合よくなる。
『当時はね、※4海軍省管轄の※5-1医療船(? 病院船のことでしょうか)があったのよ。』と在りし頃を懐かしむカズさん。
※4海軍省:日本の第二次世界大戦以前の行政官庁各省の中の一つであり、大日本帝国海軍の軍政機関。主任大臣は海軍大臣。海軍大臣は現役の海軍大将または中将が天皇から任命された。軍令は最高司令官である天皇に直属する軍令部が担当する。海軍省には軍務、兵備、人事、教育、軍需、医務、経理、法務などの「局」が置かれた。
※5-1医療船(?):病院船(びょういんせん)とは、戦争や飢餓、大災害の現場で傷病者に医療ケアのプライマリ・ケアを提供したり、病院の役割を果たすために使われる船舶である。
通例、世界中のさまざまな国々の海軍が運用しているが、医療システムにかかる維持費等のコストが莫大であることから、輸送艦や強襲揚陸艦として運用されている病院船も少なくない。赤十字活動の勃興とともに病院船の戦時国際法上の地位も確立されていった。一次世界大戦、第二次世界大戦などでは、いくつかの国で客船を改装した病院船が整備され運用された。例えばイギリスのブリタニック、日本の氷川丸など。
※5-2日本の病院船:うらる丸はかつて大阪商船(現:商船三井)が所有・運航していた貨客船である。
日中戦争や太平洋戦争の一時期には病院船として使用された。1944年に戦没。
日中戦争中の1937年~1938年は日本陸軍に徴用されて病院船となった。
その後は通常航路に戻っていたが、太平洋戦争が勃発すると再び陸軍に徴用されて、主に輸送船として使用された。日本周辺、シンガポール、フィリピン、ラバウル、パラオ方面への輸送に従事した。一時は病院船として使用され、白色船体に赤十字などの識別塗装がされていた。病院船として運用中の1943年4月3日にアメリカ軍機の爆撃を受け損傷したため、日本側は戦争犯罪であるとして非難した。(カズさんが仰っている船とはこの船のことでしょうか。)
カズさんは一人思いを巡らせているようでしたので、私はそっとお傍にいるだけにしました。
因みに、シンガポールのマ-ライオン(全身がコンクリート製で、波を象った台の上に乗り、口からは水を吐いている‘上半身がライオンで、下半身は魚の像’)はその当時は未だなかったそうです。(1972年 設置)
ともあれ、お元気なお年寄りの方々の姿は眩しく、急逝した母の死をまだ受け入れられずにいた私には羨ましく思えました。
( 実施日:2018年9月23日(日) 14:00~15:00 )
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| ハウステンボス |
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| ハウステンボス2 |
9月23日秋分の日。お馴染みの6名の方々がトランプゲームに興じておりました。
メンバーは時計回りに、キョウコさん(81才 女性)、トモコさん(85才 女性)、どなたかのご家族の女性、トシコさん(95才 女性)とキクさん(100才 女性)、そして皆さまを仕切っているのがマリコさん(81才 女性)。リーダーのようです。
インドネシアの男性介護士さんは傍で見ておりました。
ババ抜きでした。それぞれが一枚ずつ近隣から抜き取り、同じ札があれば捨てております。
キョウコさんは神妙な顔をし左隣のトモコさんにカードの裏を向け、扇(おうぎ)の形に広げております。そしてトモコさんは1枚ひきました。ペアがあったようです。そのペアカードを捨てました。
順番にカードを引いていき、トシコさんの番になりました。同じカードがなかったようで
、そのままご自分の扇形に広げたカードの中に加えました。
次は左隣のキクさんに引いてもらうのですが、カードの表(おもて)が丸見えでした。(あらっ!)困惑のキクさん。
トシコさんは介護士さんに注意されておりました。でも大丈夫です。キクさんは
ズルなんて致しません。カードを見ずに普通に一枚抜いておりました。
ゲームは続き、カードがなくなった人から勝ち抜けていきました。
最後にババ(ジョーカー)を持っていたのは ‘やはり’ トシコさんでした。
でも、負けたって大したことはありません。みんな仲良しです。
そう、みんな忘れて・・しまいます。
そこに・・・、カズさん(105才 女性)の登場です。
カズさんは今朝 新聞で読んだ安倍総理の「※1第73回国連総会出席」(平成30年9月23日~28日)やロシアの「東方経済フォーラム」(平成30年9月10日~13日)に触発され
、従軍看護婦時代の経験を語り始めました。
※1米国を訪問した安倍晋三総理大臣は、9月23日約2時間30分にわたりトランプ大統領の招きで、ニューヨーク市内のトランプタワーにおいて通訳のみを交え夕食を共にした。
両首脳は国連総会を前に、日米関係のみならず国際情勢について率直な意見交換を行った。
当時(従軍看護婦時代)の状況を語るカズさんはとても雄弁でした!
( 実施日:2018年9月23日(日) 14:00~15:00 )
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| 倉敷 |
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岡山県総社市 宝福寺(宝福禅寺)
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今日はなんだか雰囲気が少し違っておりました。定位置に‘それぞれの方’がおりません。具合でも悪くてお部屋で休まれているのかしら?
見渡すと、気怠そうなキクさん(100才 女性)、トシコさん(95才 女性)、そして、マリコさん(81才 女性)はいらっしゃいました!
でも、マツさん(100才 女性)は見当たりません。カツコさん(80才 女性)もお出でになりません、ヨウジさん(94才 男性)は?
そうこうしていると、エレベーター側 右奥の部屋から、カズさん(105才 女性)が登場されました。お元気そうで車イスを操縦(?)しながら、こちらに向かっております。安心いたしました!
介護士さんに事情をお尋ねすると、連日の猛暑でバテ気味の方や夏風邪をひかれた方が多くお部屋で休まれているとのことでした。
さて、健やか組みの方々と言えば・・。
私は少し億劫そうなキクさん(100才 女性)のテーブルに行き、お話をはじめました。
すると、マツさん(100才 女性)が介護士さんに車イスを押され、同じテーブルに交じりました。さらに、私を見つけたカズさんも加わりました。
圧巻でした。3人の年齢を足すと305才!です。神々しくさえ見えました。
3名のセンテナリアン達とご一緒しているのですね、わたし!
3人のお席に交じり 「何をお聴きしようかな?」 等と考えてワクワクしました。
そして可愛らしいマツさんと目があいました。 「マツさんは美人さんですね!」 と言うと
、マツさんは嬉しそうに目を細め、笑みを浮かべました。
すると、すかさずキクさんが 「美人? 顔の方が少々不細工でも、こころが美人とかね。」 と仰いました。
おーっ! きついお言葉。お年を召しても ‘嫉妬?’ ってあるのですかね。辛辣でした。
そしてカズさんまで 「そうそう、性格美人とかね。‘八方美人’って言うのもあるわね。」 等と。たじたじでした、私!
うん・・? なぜかその時 ひとつ・・気がついた事がありました。
それは・・・、いつの間にか顔見知りの方が ‘一人、また一人、そしてもう一人’ といなくなっている事です。迂闊でした。初めて気がつきました。
ここは ‘高齢者’ 専門の施設。そうです・・、諸行無常です。
合掌
( 実施日:2018年8月19日(日) 14:00~15:00 )
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| ブットレアとイチモンジ蝶 |
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| ブットレアとキタテハ |
おばあちゃんは何か言いたそうでしたが・・。黙ってご自分は ‘赤いお顔’ をして湯ぶねに浸かっておりました。なかなか我慢強いお方です。
そして極めつけは脱衣場での出来事でした!
脱衣場には、足拭きマットの横に古びたタオルが箱のような物の上に広げてありました。私は湯ぶねから上がり、身体を拭いて脱衣場に移動しました。
その時、はずみでそのタオルを踏んでしまいました。(いけない! やってしまいました。)
すると、先程のおばあちゃんは『あっ!』と言って頭(かぶり)を振りました。(そのタオルは使用後の ※4 ケロリン桶を伏せて、水気を切るための手作り道具でした。)
私は小さくなって『ごめんなさい。』と謝りました。
※4ケロリン桶(ケロリンおけ)とは、日本全国の銭湯や公衆浴場で使用されている黄色いプラスチック製の湯桶のこと。1963年に内外薬品株式会社の鎮痛薬ケロリンの広告媒体として製造が開始された。以降、公衆浴場(銭湯や温泉地、ゴルフ場、ユースホステル、民宿の浴場等)に置かれ、湯桶の定番として広く使われている。印刷がプラスチックの表面ではなく、内部に埋め込まれるキクプリントという技術を採用しているため、文字が消えにくく、また頑丈であるため、別名「永久桶」とも呼ばれる。
その後 おばあちゃんは、暫く番台の方と雑談をしてから帰られました。
因みに、共同浴場の番台にはご近所の方が交替で座り、入浴料等の管理をしております。「澤の湯」の番台のお姉さん(70才位?)は『気にしないでね! ‘高田のばば’には。』と声をかけてくれました。
『高田のばば?』と私。
『あの人はね、‘高田のばば’ と呼ばれている名物ばあさんなのよ。誰にでも言いがかりをつけるのよ。ごめんね!』と慰めてくれました。高田さんという家(うち)のおばあちゃんなので、すなわち ‘高田のばば’ なのだそうです。
さらに番台のお姉さんは『(私は)あなたがちゃんと身体を洗ってから(湯ぶねに)入ったのを見てたわよ。(高田のばばが)もっと何かあなたに言ったら、中(浴室)に入って窘めようと思ってたの。』と仰いました。(いやいや、そんな大袈裟なことではありませんって!)
その ‘高田のばば’ さんは、昔みたTVドラマ「意地悪(いじわる)ばあさん」(長谷川町子の4コマ漫画が原作)の主人公で、髪型が ‘お団子ヘア’ をそのまま真似ておりました。そう、頭のてっぺんに ‘おだんご’ を結い上げておりました!
すると、脱衣場の長いすに腰掛けていた おばあちゃん(80代位でしょうか)も『そうそう、私も文句を言われた事があるのよ。でもね、自分は浴室に人がいないと、石鹸やら何やら 一切合切(いっさいがっさい)自分の道具を並べて、独り占めにしているのよ。自分のことって分らないのよねぇ。』等と言って加勢してくれました。(いえいえ、私は大丈夫です。何とも思っておりません!)
その土地に生まれ育った地元の人は、余所から来た ‘よそ者’ や観光客のような ‘一見さん’ を拒むのでしょう。大切な場所を荒らされたくないのだと思います。
ちなみに我が妹は『これだから地方は寂れる(さびれる)のよ。排他的なのよね。』などと申しておりました。
しかし、それより何より私が感心したのは、番台のお姉さんが 先程 私を叱った(文句を言った)おばあさんに何か冗談を言い『今日は笑ったから、一日良いことがあるわよ!』等と励ましていたことです。感動しました!素晴らしいです。お年寄りたちのカウンセラーでした。
また ‘腰がくの字に曲がった’ かなりご高齢な方の御着替えも手伝っておりました。決して珍しいことではなく日常茶飯事なのでしょう。とても自然でした。
手際が良く、まるでベテラン介護士さんのようでした。
地方のコミュニティーではこのようなことが自然に出来ているのですね。
声高に唱えるのではなく‘自然に’です。自然に敬聴がなされておりました。
共同浴場で ‘敬聴の極意’ を目の当たりにさせて頂きました。また一つ勉強になりました。
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| 鎌倉 長寿寺 |
山形の母の葬儀期間中、われわれ遠方の妹弟たちは近くの旅館に泊まりました。
この町 ※1 かみのやま温泉(城下町で歴史があり風情のある温泉地)も2011年3月11日の東日本大震災以降、廃業の旅館が目立ちます。
※1 上山温泉郷(かみのやまおんせん)は、山形県上山市(旧国出羽国、明治以降は羽前国)にある温泉。古くは同じ山形県の湯野浜温泉、福島県の東山温泉と共に「奥羽三楽郷」に数えられた。
帰省して母を緊急入院させ、その翌日には亡くなると言う ‘この上ない精神的疲労感’ を味わい、また地方ならではの葬儀のしきたりで私は疲労困憊しました。
私たちは宿泊していた旅館から徒歩5分の ※2 共同浴場 澤の湯(朝湯)に通いました。からだの疲れと心の癒しには昔ながらの温泉が一番でした。
※2 共同浴場:温泉街には150円で入湯できる5軒の共同浴場(新湯・澤の湯、葉山共同浴場、二日町ふれあいの湯、下大湯、新丁・上の湯)があり、髪を洗う場合には別料金で入浴料+100円を支払う。ここは早朝から地元の方々でにぎわっており、お年寄りたちの憩いの場となっている。
私は前夜 旅館のお風呂で入念にボディーシャンプーを使い身体を洗ったので、浴場ではかるく身体を洗い※3かけ湯をしてから「いざ、湯ぶねに!」入ろうとすると、背中の方で『からだを洗ってから入って下さい。』と冷ややかな声がしました。
振り向くと、地元のおばあちゃんでした。私を睨んでおりました。
私はたじろぎ『あの・・、洗いましたけど・・。』とお返事しました。
『・・・。』とおばあちゃん。
私の隣でかけ湯をしていた妹も、ギクリとし身体を硬くしました。
※3温泉の効果的な入り方(一説):かけ湯で十分に汚れを落とし、身体を慣らしてから温泉にしっかり浸かる。その後、身体をボディーシャンプー等で洗うのが良い。身体を石鹸で洗ってから湯船に入ると肌への刺激が強すぎる。温泉で身体を温めてから洗った方が毛穴の奥の汚れも良く落ちる。
その後も、おばあちゃんはずーっと私をチェックしているようです。(嫌われちゃったかな?)
加えて、この澤の湯は5軒の共同浴場のうち「一番熱い」と評判の温泉でした。
私は妹に言って聞かせるように『(お湯が)熱いときはね、自分が入る所にだけ、このホース(水道水)で薄めて良いんだって。』と伝えました。
彼のおばあちゃんは・・ムッとしております。(あら、どうしよう? また怒られるのかなぁ?)
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| 上山の特産 紅干し柿 |