2025年4月25日金曜日

200) 【徒然に】筍掘り旅で素晴らしい方々との出逢い

ブログの更新が遅れて申し訳ありません。私の拙いブログを楽しみにして下さっている方や更新されないので私の身体を心配してメールを下さった方にお詫び申し上げます。そして有難うございます。

ここ数カ月は睡眠時間が平均4時間(未満)と言うナポレオン並みでした。ひどい時には3時間半なんていうのもあり「私は一体何をしているんだろうか」と我ながら呆れてしまいました。

実は新年早々に思い立ったことがあります。それは文京区との友好都市関係が今年で十周年の節目にあたる「トルコ(イスタンブール市ベイオウル区)」の講座を企画することです。現在、私が委員長を務めている委員会の “全メンバー” が一丸となって一つの講座を作るという画期的な試みでもありました。


それから早4ヶ月。自治体やトルコ側と交渉を続け、10月に『もっと身近に トルコ共和国』(全5回)が開講の運びとなりました。その準備にまさに全身全霊を傾けており、時間も神経もかなり消耗しました。一丸となるのは大変です。勉強にもなりました。ただ、その分 皆さまに喜んで頂ける講座になリそうです。詳細は後日あらためてお知らせ致します。

さて、忙中閑あり。寸暇を惜しんで旅した京都は命の洗濯にもなり、素晴らしい出逢いがありました。筍掘りの旅でしたが、初日から憧れの室町和久傳で懐石料理を堪能し、その席で、いろいろな分野で活躍中の素敵な女性たちとの邂逅は大きな収穫となりました。

お集まりの皆さまは、(詳しくは書けませんが)行政や企業で要職を任されている方々でした。ジュエリーデザイナーやMayo Clinicに臨床留学したという優しい女医さんも参加されていました。彼女はわざわざ私の席までご挨拶に来て下さいました。皆さま、にこやかで気配りに長けておられました。実力のある人こそ、謙虚で自然体で普通なのだと つくづく感じた次第です。

楽しくて素敵なお仲間が出来て、嬉しい旅となりました。

そして翌日は念願の「観心寺」参拝です。国宝、如意輪観音坐像の御開帳のお話しは次のブログで書かせて頂きます。北斗七星巡りも・・いたしました。























2025年2月28日金曜日

199) 【徒然に】誰にでも伝わる分かりやすい言葉

最近、わたしの周りで難しい言葉や英語を使う人が増えてきました。気になります。英語ではアサイン、ブレインストーミング、インライン(IT用語ですが)など等。アサインなどは、使い方を間違っている方さえいます。

哲学書や専門書でしかお目にかからないような語句を使われると、私は煙に巻かれた気さえします。どうして誰でもわかるような ‘普通の言葉’ をお使いにならないのでしょうか。「普段も友達や家族間でそんな言葉を使っているの?」と訊きたいくらいです。

大学時代、東京芸術大学からの非常勤講師の授業を受けたことがあります。その先生はご自分のことを「先生」とお呼びになること以外は素敵な方でした。

その先生は私の心に残る ‘素敵な言葉’ を下さいました。
「(先生は)難しい言葉を使わなくても、やさしい言葉で分かりやすく皆さんにお伝え(表現)することが出来ます。難しい言葉を使わず、如何にやさしい言葉に置き換えて、お伝え出来るかが大事です。」と仰ったのです。みんな 鼻をへし折られました。

この言葉には本当に感動しました。難しい言葉をやさしく誰にでも分かる言葉で話せる人こそ、知識・教養のある方だと思った次第です。

10年位前に、札幌での学術総会で両極端なお二方、高名なO氏(国際法学者)と将棋の羽生善治氏(現在は日本将棋連盟会長)の講演を聴いたことがあります。

O氏は国際法の話ばかりで、専門用語を連発していらっしゃいました。私は全くちんぷんかんぷんでした。周りを見渡すと(80大学の教授たちが聴講されていましたが)半数以上は寝ていらっしゃいました。隣席のA教授は、なんと私の肩にもたれかかる程の爆睡状態でした。

講演後、顔馴染みのI医大の教授と話をしました。O氏の話の内容が理解できたかどうかです。すると「全然わからなかったよ。」と仰いました。私はほっとしました。

そして一言。「僕たち医者は患者さんには専門用語をあまり使わず、分かりやすい言葉で説明するようにと言われている。そういう授業もある。」と仰っていました。納得です。

一方、翌日は羽生善治氏の登壇でした。こちらは全ての会員向けでしたが、将棋を知らない方でも楽しめる素晴らしい講演でした。専門用語は殆ど使わず分かりやすい話でした。しかも話は理路整然。さすが、頭の良い誠実な方だと思いました。

私は羽生さんのファンでしたから、事前に彼の著作を数冊読んで臨みました。本も面白く分かりやすいものでしたので、最初は(ひょっとしたら ゴーストライター?)等と失礼な憶測をしながらお話を聴かせて頂きました。(羽生さん、すみません。)

ところがびっくりです。話がとても上手なのです。面白いのです。私は少しだけ将棋を指せますが、将棋を知らない方でも、話にどんどん引き込まれるほどの話術をお持ちでした。著書は間違いなく、ご自身が書かれたのだと確信しました。

専門用語を使わないからこそ、そしてご自分の言葉で話されているから 人の心に直に伝わったのだと思います。さすがだと思い さらに大ファンになりました。





湯島天神の夜の梅(2025/02/26)















2025年2月11日火曜日

198) 【徒然に】山本五十六の姪御さん?

傾傾ボランティアに行ってまいりました。今年初です。

今回はKさんという89歳の女性でした。ホームの介護士さんに案内されお部屋に伺うと、Kさんは少々 戸惑いの表情を浮かべられました。

私がにこやかにご挨拶をすると、ベッドに腰掛けていたKさんは微笑んでくださいました。(良かったです。)シンプルなお部屋でした。私は二人用の応接セットの奥へ回りました。

するとKさんは目を丸くして「あなたは背が高くて、スタイルが良いのねえ」と仰いました。私はビックリしました。「素敵なコート! 似合うわ。センスが良いのね。」とも。今度は私が戸惑いました。その後もいろいろと褒めてくださいました・・。(恐縮です)

穏やかな方でした。私が ‘敬聴’ に伺ったとお伝えすると、ぽかんとされました。それからは 私がいろいろと質問を受ける番でした。どこの大学出身かとか、今はどんなお仕事をしているか等などです。また、私が着ていたセーターがお気に召したようで「素敵ね、どこでお買いになったの?」と訊かれました。ファッションにご興味があるのでしょう。

そして、ご自分は会津出身で会津高女(会津高等女学校、現在の葵高校)を出たと誇らしげに仰いました。さらに「山本五十六はご存知?」とお尋ねになりました。私が「あの元帥、海軍軍人の山本五十六さんですか。」とお訊きすると、「私の ‘おじ’ なの。」とお応えになりました。(私は半信半疑でした。)

ところが、サイドテーブルに置いてあるアルバムを見せて頂き、再び びっくりしました。Kさんの息子さんが談笑されているお相手が・・、現在の天皇陛下だったのです。ご一緒の写真が何枚もありました。親しげで和やかな表情です。自慢のご子息の写真でした。

その後も、いろいろとお話をされました。お背は姉妹で一番小さいけど 運動が得意だったことや高等女学校時代の話などです。そして、今でも脚は上がるのよと仰って、実際に片足ずつ上げて見せてくれました。ご年齢を考えれば凄いです。お元気さに驚嘆しました。

帰り際には、ドアまでご一緒してくださり「あなたが感じの良い方だったから、わたくし喋りすぎたわ。」と仰いました。「普段はあまり喋らないの」と。そしてエレベーターが下降するまで見送ってくださいました。喜んで頂けて何よりです。

帰宅後(失礼かも知れませんが)ネット検索をしました。すべて本当の話でした!







湯島天神 梅まつり(2025/2/8~3/8)











2025年1月28日火曜日

197) 【徒然に】両国 回向院で女流義太夫『菅原伝授手習鑑 寺子屋の段』

先週の土曜日、両国の回向院 念仏堂ホールで開催された「女流義太夫 京之助の会」に行って参りました。演目は『菅原伝授手習鑑 寺子屋の段』。浄瑠璃 竹本京之助さん、三味線 鶴澤津賀寿さん(人間国宝)。大汗をかいての大熱演で、2日間に渡る素晴らしい演奏会の初日でした。

私は大江戸線で両国駅に行きましたが、方向音痴で回向院が分かりません。駅員さんに尋ねると「先ずは、JRの両国駅方面に向かってください。」と言われました。私は公演祝いに花を贈るため早めに出かけました。ここで迷子になるわけにはいきません。太夫の京之助ちゃんから、花は受付に飾りたいと言われていました。(若干、焦りました。)

それで路上の案内地図をチェックしていたところ、私の横を地域の学校帰りの中学生(高校生?)くらいの男子生徒が通り過ぎました。これはラッキーと思い、私は優しくて純朴そうな男生徒に尋ねました。「JRの両国駅はどこですか?」と。

彼は「僕たちも(駅に)向かっていますから、一緒の方向に行けば大丈夫です!」と教えてくれました。よく見てみると、男子生徒と女子生徒の合わせて30人くらいが駅に向かっていました。

歩いているうちに、私は「いっそのこと、回向院はどこですか」と訊くべきだったと気がつきました。それで今度は、すぐ隣で楽しそうに笑い合っている 可愛らしい女子生徒たちに回向院への道をたずねました。

5人の女子生徒はポカンとして顔を見合わせました。そして逆に「※回向院って何ですか」と尋ねられました。今度は私がビックリです。今の子(高校生でした)は直ぐそばにある歴史的建造物を知らないのです。授業でも習っていないとのこと。

そこで、(方向音痴で恥ずかしながら、彼女らに道を訊いているくせに)私は彼女たちに(下記のごく一部)お教えしました。そしてチラシ(下記の写真)を見せて、これから聴きにいく "娘(女流)義太夫" についても。

【※1 回向院は今から360年位前の明暦3年(1657年)に開かれた浄土宗の寺院。この年江戸は「振袖火事」の名で知られる明暦の大火があり、市街の6割以上が焼土と化し、10万人以上の尊い人命が奪われた。

*因みに、明暦の大火・明和の大火・文化の大火を江戸三大大火と呼ぶ。現在放映中のNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の初回 冒頭の大火事は明和の大火(明和9年に江戸で発生した大火事。

多くは身元や身寄りのわからない人々だった。将軍家綱はこのような無縁の人々を無縁仏として大法要を執り行い、この時に建てられたお念仏を行じる御堂が日本一の無縁寺、回向院である。

そして江戸後期になると勧進相撲の定場所になり、明治末期までの七十六年間、いわゆる“回向院相撲”の時代を日本相撲史上に刻した。ただ、その後も度重なる大火の被害をこうむった。

また 時代劇で義賊として活躍する「鼠(ねずみ)小僧次郎吉」は、黒装束にほっかむり姿で闇夜に参上し、大名屋敷から千両箱を盗み、町民の長屋に小判をそっと置いて立ち去ったといわれ、その信仰は江戸時代より盛んだった。

長年捕まらなかった運にあやかろうと、墓石を削りお守りに持つ風習が当時より盛んで、現在も特に合格祈願に来る受験生方があとをたたない。】

話し終えると、女子生徒たちは感激し、その中の一人の子がスマホで回向院の場所を調べてくれました。そして「私、興味があります。一緒に行ってみたいです」と言ってくれました。ただ、友人等に「塾はどうするの?」と窘められ、がっかりしていました。

【※2 最下段の写真がお贈りしたお花です。】

京之助ちゃんから「お客様からもスタッフからも大好評でした!」とメールが届きました。とても気に入ってくれたようです。甲斐がありました。

今回 お花屋さんをかなり吟味しました。電話でも5〜6回は打ち合わせをしました。 帰宅後すぐに お花屋さんに御礼の電話をすると、彼は「気持ちが伝わって良かったですね。僕も嬉しいです!」と言ってくれました。
因みに、その花屋さんには
今回の「京之助の会」のチラシを置いてきました。













2025年1月15日水曜日

196) 【徒然に】年賀会 そうそうたるメンバー?

今年の初しごとは1月7日の「令和7年文京区年賀会」でした。会場は東京ドームホテル。私は初めて参加させて頂きました。昨年の12月上旬に文京区長と区議会議長の連名でのご招待ハガキが届きました。

どんな方々がお招きされているのかも分からず右往左往し、入口付近の出店(湯島の甘味処 みつばち)を覗いていると、私の朗読の先生で元NHKのエグゼクティブ アナウンサーのM氏に声をかけられました。先生も町会関係で呼ばれたそうです。少し ほっとしました。

会場はすでに多くの来賓者がいらしていて歓談をされていました。圧倒的に男性、特にご高齢の男性が多く三分の二位を占めていました。私は知り合いの区の関係者にご挨拶をし、促されて区長にも新年のご挨拶をさせて頂きました。

私にとっては久しぶりの懇親会と立食パーティーでした。以前の職場では、年2回 春と秋に学会が開催され、事務局で
編集を担当していた私もお呼ばれしていました。雰囲気は全く違います。

立食は苦手なので、かと言って お酒も随分弱くなり飲めません。手持ち無沙汰になりました。会場隅の空いていたイスに腰を掛けていると、隣に座っていらした方に声をかけられました。血色の良いご高齢の男性です。

文京区の有名中学校の元校長先生で御年93歳とのこと。矍鑠としておられ、私はびっくりしました。そして次から次へといろいろな方々がご挨拶にみえました。教え子でしょうか。

私が「今回、ここに※お招きされている方はどんな方々でしょうか。」と尋ねると、誇らしげに「名士ですよ。」と仰いました。「・・名士?」と私。久しぶりに聞いた言葉でした。(私、ここに居て良いのかな。学習推進委員長って、名士かしら。 )その後、名刺交換をし その場を離れました。

※区議会、地域団体代表者、学校関係者など、日ごろ区政を支えて下さっている皆様をお招きして、区長が新年の挨拶を行いました。多くの方々にご列席いただき、地域の皆様とともに新年をお祝いすることができました。 また、会場では、区内商店から5店舗が出店し、和菓子や洋菓子等が販売されました。(後日 文京区のホームページより)

バンケットスタッフの方に年賀会は何時までかをお聞きし、出口近くに移動すると・・、懐かしい知り合いを見つけました。文京区男女平等センターの会長Tさんです。私は一年だけ頼まれて委員を務めました。

一年で委員を辞めさせて欲しいと申し出た時に、役員になって欲しいと引き留められました。副会長にでした。恐れ多いですが固辞した記憶があります。そんなことを思い出し、感慨深い気持ちになりました。


神田明神の花手水




東京ドームホテル




2024年12月31日火曜日

195) 【徒然に】年末恒例、緑茶の飲み比べ

一昨日は甥に来てもらい掃除を頼んだ。大掃除の助っ人である。

忙しい彼に頼んだので、ざっと(?)のお掃除で早く終わり、ゆっくり一緒にお茶を飲んだ。私は緑茶派、三回り下の彼も緑茶派である。

以前も、かなり高級な緑茶(煎茶)とランク的には少々下のお茶を飲み比べた事がある。その時、彼は値段のランクは無視し、自分の舌(好み)で判断し、ランク下の緑茶が美味しい、好きだと言った。

彼に「緑茶の値段の差よりも(もっとも値段は少々の差であったが)茶葉の量やお湯の温度の他、浸出時間(蒸し時間)が大事ではないか」と言われた次第である。せっかちの私は痛いところを突かれてしまった。脱帽であった。

今年も美味しい和菓子を食べながら、釉薬(うわぐすり)を塗った湯呑み茶碗と素焼きの湯呑み茶碗(備前焼)で飲み比べた。私が茶碗により、味が違うと言ったからである。私は備前焼の愛好家である。

最初 彼は二つの湯吞み茶碗を見比べて、飲み口の形や大きさのせいだと言った。しかし飲み比べてみて、やはり素焼きの備前の方が美味しいと分かったようである。好みの問題ではあるが。

その彼も来年はニューヨークに転勤だとのこと。こうして一緒にお茶を飲めるのは次回はいつだろうか。





2024年12月15日日曜日

194) 【徒然に】『白子屋騒動』をふたたび

一昨日、知人から頼まれて朗読を致しました。‘頼まれての朗読’ は初めてです。お客様は10名、とても立派な施設で会議室のようなお部屋の作りでした。

テーブルはロの字型に並べてありました。全てが初めて でしたので緊張感はありました。ただ、何故かリラックス出来ました。お集まり下さった方々のお人柄でしょうか。男女の割合は半々で紳士淑女の方々ばかりでした。

読み始めると、皆さま 熱心に耳を傾けてくださり、私の一挙手一投足をご覧になります。プレッシャーも感じましたが、一方、お客様の反応がすぐに分かるのが嬉しいです。ちょっといい気持ちになりました。

朗読の後は、皆さまから過分なお褒めの言葉を頂きました。楽しんで頂けただけで充分に嬉しいのに・・です。お一人の女性が「朗読会には何度か行ったことがあるけど、近くでお聴きすると迫力が違う!」と喜ばれました。

「すぐ 近くで聴けるのは良いものだね。」「ラジオを聞いているみたいだ。」等と、男性の方々からも言われました。(いえ。それ程ではございません。)私はご褒美を頂いた気分になりました。

また、質問もたくさん頂きました。「間」の取り方とか、朗読はどのように勉強しているのか等など。人生の先輩方の真摯な姿勢に、少々 わたくし 怯みましたが。帰りがけには、多くの方から「また、来年も是非 朗読をして下さいね。」と頼まれました。

私もとても勉強になりました。今回は『白子屋騒動』を依頼されましたので、先ずは 自分自身が楽しんで語ろうと思いました。(少ーし、オーバーに表現して。)

自分が楽しんで語ると「間」の取り方(間は心情で埋める?)が自然になります。四角いテーブル席でしたので、聴いてくださる方が、本当に近くにいらっしゃいます。反応も見えます。マンツーマンの語り方になりました。これは収穫でした。場数を踏むとは、こういうことなのでしょうか。

折角でしたので、ご挨拶の時には「傾聴」についても少々お話しをしました。これまた質問攻めでした。ただ・・、「傾聴」が本意なのに、喋り過ぎましたかね?