2025年1月15日水曜日

196) 【徒然に】年賀会 そうそうたるメンバー?

今年の初しごとは1月7日の「令和7年文京区年賀会」でした。会場は東京ドームホテル。私は初めて参加させて頂きました。昨年の12月上旬に文京区長と区議会議長の連名でのご招待ハガキが届きました。

どんな方々がお招きされているのかも分からず右往左往し、入口付近の出店(湯島の甘味処 みつばち)を覗いていると、私の朗読の先生で元NHKのエグゼクティブ アナウンサーのM氏に声をかけられました。先生も町会関係で呼ばれたそうです。少し ほっとしました。

会場はすでに多くの来賓者がいらしていて歓談をされていました。圧倒的に男性、特にご高齢の男性が多く三分の二位を占めていました。私は知り合いの区の関係者にご挨拶をし、促されて区長にも新年のご挨拶をさせて頂きました。

私にとっては久しぶりの懇親会と立食パーティーでした。以前の職場では、年2回 春と秋に学会が開催され、事務局で
編集を担当していた私もお呼ばれしていました。雰囲気は全く違います。

立食は苦手なので、かと言って お酒も随分弱くなり飲めません。手持ち無沙汰になりました。会場隅の空いていたイスに腰を掛けていると、隣に座っていらした方に声をかけられました。血色の良いご高齢の男性です。

文京区の有名中学校の元校長先生で御年93歳とのこと。矍鑠としておられ、私はびっくりしました。そして次から次へといろいろな方々がご挨拶にみえました。教え子でしょうか。

私が「今回、ここに※お招きされている方はどんな方々でしょうか。」と尋ねると、誇らしげに「名士ですよ。」と仰いました。「・・名士?」と私。久しぶりに聞いた言葉でした。(私、ここに居て良いのかな。学習推進委員長って、名士かしら。 )その後、名刺交換をし その場を離れました。

※区議会、地域団体代表者、学校関係者など、日ごろ区政を支えて下さっている皆様をお招きして、区長が新年の挨拶を行いました。多くの方々にご列席いただき、地域の皆様とともに新年をお祝いすることができました。 また、会場では、区内商店から5店舗が出店し、和菓子や洋菓子等が販売されました。(後日 文京区のホームページより)

バンケットスタッフの方に年賀会は何時までかをお聞きし、出口近くに移動すると・・、懐かしい知り合いを見つけました。文京区男女平等センターの会長Tさんです。私は一年だけ頼まれて委員を務めました。

一年で委員を辞めさせて欲しいと申し出た時に、役員になって欲しいと引き留められました。副会長にでした。恐れ多いですが固辞した記憶があります。そんなことを思い出し、感慨深い気持ちになりました。


神田明神の花手水




東京ドームホテル




2024年12月31日火曜日

195) 【徒然に】年末恒例、緑茶の飲み比べ

一昨日は甥に来てもらい掃除を頼んだ。大掃除の助っ人である。

忙しい彼に頼んだので、ざっと(?)のお掃除で早く終わり、ゆっくり一緒にお茶を飲んだ。私は緑茶派、三回り下の彼も緑茶派である。

以前も、かなり高級な緑茶(煎茶)とランク的には少々下のお茶を飲み比べた事がある。その時、彼は値段のランクは無視し、自分の舌(好み)で判断し、ランク下の緑茶が美味しい、好きだと言った。

彼に「緑茶の値段の差よりも(もっとも値段は少々の差であったが)茶葉の量やお湯の温度の他、浸出時間(蒸し時間)が大事ではないか」と言われた次第である。せっかちの私は痛いところを突かれてしまった。脱帽であった。

今年も美味しい和菓子を食べながら、釉薬(うわぐすり)を塗った湯呑み茶碗と素焼きの湯呑み茶碗(備前焼)で飲み比べた。私が茶碗により、味が違うと言ったからである。私は備前焼の愛好家である。

最初 彼は二つの湯吞み茶碗を見比べて、飲み口の形や大きさのせいだと言った。しかし飲み比べてみて、やはり素焼きの備前の方が美味しいと分かったようである。好みの問題ではあるが。

その彼も来年はニューヨークに転勤だとのこと。こうして一緒にお茶を飲めるのは次回はいつだろうか。





2024年12月15日日曜日

194) 【徒然に】『白子屋騒動』をふたたび

一昨日、知人から頼まれて朗読を致しました。‘頼まれての朗読’ は初めてです。お客様は10名、とても立派な施設で会議室のようなお部屋の作りでした。

テーブルはロの字型に並べてありました。全てが初めて でしたので緊張感はありました。ただ、何故かリラックス出来ました。お集まり下さった方々のお人柄でしょうか。男女の割合は半々で紳士淑女の方々ばかりでした。

読み始めると、皆さま 熱心に耳を傾けてくださり、私の一挙手一投足をご覧になります。プレッシャーも感じましたが、一方、お客様の反応がすぐに分かるのが嬉しいです。ちょっといい気持ちになりました。

朗読の後は、皆さまから過分なお褒めの言葉を頂きました。楽しんで頂けただけで充分に嬉しいのに・・です。お一人の女性が「朗読会には何度か行ったことがあるけど、近くでお聴きすると迫力が違う!」と喜ばれました。

「すぐ 近くで聴けるのは良いものだね。」「ラジオを聞いているみたいだ。」等と、男性の方々からも言われました。(いえ。それ程ではございません。)私はご褒美を頂いた気分になりました。

また、質問もたくさん頂きました。「間」の取り方とか、朗読はどのように勉強しているのか等など。人生の先輩方の真摯な姿勢に、少々 わたくし 怯みましたが。帰りがけには、多くの方から「また、来年も是非 朗読をして下さいね。」と頼まれました。

私もとても勉強になりました。今回は『白子屋騒動』を依頼されましたので、先ずは 自分自身が楽しんで語ろうと思いました。(少ーし、オーバーに表現して。)

自分が楽しんで語ると「間」の取り方(間は心情で埋める?)が自然になります。四角いテーブル席でしたので、聴いてくださる方が、本当に近くにいらっしゃいます。反応も見えます。マンツーマンの語り方になりました。これは収穫でした。場数を踏むとは、こういうことなのでしょうか。

折角でしたので、ご挨拶の時には「傾聴」についても少々お話しをしました。これまた質問攻めでした。ただ・・、「傾聴」が本意なのに、喋り過ぎましたかね?






2024年11月29日金曜日

193) 【徒然に】3回目の敬聴訪問 ~こんなところで油を売っていないで...~

一ヶ月ぶりに文京区の高級有料老人ホームへ傾聴に伺いました。お相手はT大の名誉教授、いつものKさんです。昼食が遅くなったということで30分ほどロビーで待たされました。

施設の方からは「Kさんは ちょっと気難しくて、日によってムラがある方なので、気をつけてください。」と言われました。そうかな?と私は思いました。

お部屋に伺うと「君は誰だっけね?」と言われました。私が「今日で3回目ですが、傾聴ボランティアの◯◯です。」と答えると、
「ああ、そうか。最近はみんな忘れちゃうんだよ。」と仰いました。ちょっと悲しげな表情をされました。

私が「今日はKさんのお食事が終わるまで、30分くらいロビーでお待ちしていましたよ。」とお伝えすると、Kさんは目を丸くされ「言ってくれれば、食事をやめて戻って来たのに。」と仰いました。そして「悪かったね。」と。

私の「昼食は美味しかったですか」の問いには、かぶりを振り「食欲がないから・・」とぽつんとお答えになりました。「何がお好きなのですか。食べたい物はありますか?」と尋ねると、「カレーライス!」と即座に仰いました。長い教員生活のKさん。40年くらいだそうです。「学食のカレーライスも美味しいですよね。」と水を向けると、にっこりとなさいました。

Kさんはボランティアに興味があるらしく「ボランティアねぇ。 ちゃんとお金は貰えるの?」とお尋ねになりました。私が「ボランティアですから、貰えません。」とお答えすると「そう。じゃあ、本職は何?普段はどんな仕事をしているの。」等とお尋ねになりました。
 
私は以前の仕事をお伝えし「今は文京区で別のボランティア活動をしています。」とお答えすると「そりゃ大変だ。ご苦労さま。」と労って下さいました。最近は
朗読も学んでいて、来月には頼まれて朗読をするとお伝えすると「朗読! 良いね。何処でするの?」と興味津々です。

場所をお教えし演目もお伝えすると、少し視線を上に向けて(想像されているのでしょうか)「君は声が良いからいいね。」と褒めてくださいました。私は思いがけない言葉にびっくりしました。

その後、Kさんは歌を歌いはじめました。例の明治大学の校歌です。もはや ご自分の世界です。しばらくすると「君、こんなところで油を売っていないで、早く帰りなさい!」「仕事に戻った方がいいよ。」と仰いました。傾聴訪問が ‘油を売っている’ だって。思わず吹き出しそうになりました。でも 心が温かくなりました。

敬聴終了の間際に、私が窓から外を見て「ちょっと曇ってきましたねえ。これから雨だそうですよ。」と言うと、「傘は持っているの、大丈夫かい?」と案じてくださいました。そして・・「今日はこれで失礼致しますね。」と言うと、Kさんは少し手を上げ、何度も「ありがとう。」「ありがとう!」と繰り返し仰いました。私は胸が熱くなりました。

帰りに事務室でご報告すると、係の女性が「◯◯さん(私のこと)だと話が弾むのねぇ。
相性が良いんですね。」と仰いました。
Kさんは他の傾聴ボランティアには全然話をしない時もあり、30分くらいで引き上げてしまう方も多いとのこと。

そして、しみじみと仰いました。「あなたのお人柄ね。」と。くすぐったいような褒め言葉を頂戴しました。私は・・とても恐縮しました。


ふるさと山形 石崎神社の紅葉



2024年11月17日日曜日

192) 【徒然に】一隅を照らす ー大正大学ー

10月末に初めて大正大学へ行って参りました。天台宗主催の「※一隅を照らす」という運動の一つです。

※「一隅を照らす者、これ国の宝なり」は最澄の有名な言葉です。一隅とは、今自分がいる場所のこと。自分が置かれている場所や立場で、ベストを尽くして照らすことで『周囲も光ってくる』という意味。

私の家は天台宗ではありませんが、母の実家が天台宗だったときいておりました。天台宗といえば、総本山が比叡山延暦寺で宗祖は伝教大師最澄です。私はどちらかと言えば、真言宗宗祖、弘法大師空海の方に興味があります。因みに、真言宗の総本山は、昨年の秋に友人と参った「高野山真言宗 総本山金剛峯寺」です。

今回のイベントは、昨年春のお彼岸法要をして頂いた際に、霊園のチラシでその活動を知りました。残念ながら 昨年はイベントに参加出来ませんでしたが、今年もご案内を頂いたので参加して参りました。

当日は声明や雅楽、御詠歌での「特別法要」から始りました。安らぎのある、心地よい空間でした。もともと声明が大好きなので、天台宗の声明も ぜひ聴いてみたいという思いから参加いたしました。お気に入りの醍醐寺の声明とは差違がありますが、また別の味わいもありました。

法要の最後には、導師として「東叡山輪王寺門跡門主 寛永寺貫首」の浦井正明 大僧正が講話をされました。御年87歳とのことですが、矍鑠とされ、そのお話しは心にひびき、感銘を受けました。素晴らしい方でした。

イベントは盛り沢山で、体験教室では下記の写真にあります「匂い香づくり」と「腕輪念珠づくり」に挑戦しました。匂い香づくりは、京都に本店がある ‘香老舗 松栄堂’ のお店の方からご説明をうけ作りました。

用意された‘香りのタブレット’ から、自分の好きな香りを数種類(ラベンダー、桂皮、丁子、甘松、竜脳など)選び、組み合せて作りました。自分だけの「オリジナル匂い袋」です。結構、気に入っています。

更に 大正大学仏教学部准教授の木内堯大師による『落語と仏教って面白い!』という特別授業は、面白くて60分があっと言う間に過ぎてしまいました。

木内堯大師によると、落語の起源は戦国時代であり、武田信玄や豊臣秀吉などの戦国武将の話し相手をした 曾呂利新左衛門等が書いた『御伽衆』という面白本や浄土宗の僧侶 安楽庵策伝の『醒睡笑』などの書物が、その雛形と言われているそうです。

また、実際には江戸時代になってから 京都・江戸(東京)・浪花(大阪)の三都において、人前で辻噺(つじばなし)という形で 今の ‘落とし噺’ のようなものをやったものが、現在の※職業落語家の始まりとされているとのお話でした。

※京都の露の五郎兵衛(元日蓮宗の談義僧)、大坂の米沢彦八、江戸の鹿野武左衛門などが有名。

とても勉強にもなり、満足した一日でした。大正大学は、もちろん昔から名前だけは知っていましたが、校内に入ったのは今回が初めてです。

思い起こせば、大正大学の存在を知ったのは私が大学二年生の時でした。当時、神保町のスキーショップでアルバイトをしていましたが、不慣れなスキー用品の説明に苦慮していた時、親切に優しく教えてくれたのが大正大学の学生さんでした。

私より二学年先輩の男の人でしたが、とても良くして頂き 優しいお兄さんという感じでした。たしか・・彼は西新井の有名なお寺のご子息でしたが。今頃はきっと 立派なご住職さんになられていることでしょうね。

そんなことを思い出しながら、西巣鴨にある 大正大学の広い敷地内を散策しながら帰路につきました。


   

    
     

 
     



2024年10月19日土曜日

191) 【徒然に】第三回「ひとり朗読会」を終えて

今年もまた 9月28日に無事「第三回 ひとり朗読会」を開催することが出来ました。ひとえに私を支えて下さっている友人達のおかげさまです。感謝です。チラシ作りから生演奏での協力、また当日の会場設営や受付や着物の着付けなど等です。

この場をお借りして、皆さまの御礼申し上げます。有難うございました。

出し物は『白子屋騒動 2024』(村上元三作)と『十三年』(山川方夫作)でした。今回もあまりお声がけをぜすに、友人や知人などの内輪の会にしました。それでも32名の方々にお集まり頂きました。とても有難いことです。

仲間内ゆえ、ほめ言葉をたくさん頂戴しましたが、話半分(三分の一)としても嬉しかったです。何より「面白かった」「引き込まれた」「情景がはっきりと浮かび上がった」とか「来年も楽しみにしている」など、また 次回のお手伝いを買って出て下さる方が多いのを有難く思いました。来年も頑張ろうという意欲が湧いてきました。 
   
朗読会が終わって早いもので3週間になりますが、今は別の作品をレッスン中です。振り返ると、朗読のレッスンが楽しかったこと。今回は相関図を作りましたが、登場人物の一人ひとりに感情移入ができたこと。そして気持ちよく朗読できたことが進歩でした。

朗読の最後の場面では「この『白子や騒動』という作品とも暫しお別れなのか」という思いがよぎりました。寂しさを覚えたくらいです。

そして本日、朗読会に来て下さった知人のNさん(70代の男性)からビックリするような依頼を頂きました。読書ゼミ(Nさんが所属している会)で私に朗読をして欲しいと仰るのです。‘えっ、私で良いの?’ という気持ちとは裏腹に、また『白子や騒動』を朗読できる、作品が寄り添ってくれたことに感謝の気持ちでいっぱいになりました。

Nさん曰く「出演料は払えないけど、日本酒でもワインでも沢山お酒は飲ませてあげるからね。」と。でも・・、最近の私は あまりお酒が飲めない(それほど欲しない)のですが・・!? とにかく 楽しんで頂けるようにがんばります。  

※「イベント・その他」欄もご覧ください。今回の朗読会の写真を載せてあります。



 











2024年10月12日土曜日

190) 【徒然に】母の法要とかみのやま温泉「名月荘」

今年の9月は本当に忙しい日々でした。8月の夏バテのしわ寄せもあったのですが、山形の母の7回忌や文京区の委員長絡みのしごと、そして恒例の「第3回 ひとり朗読会」の開催などがあったからです。

そんな訳で久しぶりのブログとなります。拙いブログですが、楽しみにされている方もお出でです。更新が遅れていることにご指摘をうけました。有難うございます。ご心配をお掛けいたしました。

さて、忙しいさなか 私は郷里 かみのやま温泉の「名月荘」に行ってまいりました。憧れの名旅館です。やっと予約がとれました。全室‘離れ’風。妹を誘っての温泉旅でした。とは言っても・・、私は母の法要後の一種の「※直会(なおらい)」のつもりでした。

※直会とは、本来は神式で祭事が終わってから、お神酒や供物を下げていただく会食のことですが、仏式では法要後の会食でお斎(とき)とも言います。身を清めるといった意味合いもあります。

7回忌は「第3回 ひとり朗読会」のちょうど一週間前に行われました。当日を含め山形に滞在中の三日間は大雨警報や避難勧告まで飛び出す荒れようです。法要中、称念寺の本堂に参列していた親族の携帯が一斉に鳴り響き、異様な空気につつまれました。驚きの体験でした。

然しながら、車社会の地方都市 山形、車での移動はスムーズでした。ただ一つ心残りなのは、足場の悪い山の中腹にあるお墓参りに行けなかったことです。私は「また、お墓参りに来ればよい」と自分に言い聞かせました。

その翌日、久々に妹と水入らずで訪れたのが、かみのやま温泉「名月荘」でした。静寂な場所にあり、お料理も美味しく、落ち着いた見事な旅館でした。実は30年くらい前にも一度、祖父の法要後のお斎をした旅館です。泊ったのは初めてでした。

その夜は、地元産の食材で手の込んだ美味しい料理(写真はごく一部、撮り忘れました)に舌づつみを打ち、久しぶりに妹と母の思い出を語ったり、ゆっくり話ができて、幸せな一夜となりました。これも故人を偲ぶ 供養のひとつだと私は思いました。