2021年7月15日木曜日

123) 【徒然に】介護と敬聴

5月末にカズさん(107才 女性)をお世話されている姪御、Tさんからお電話を頂きました。

この一年、ご自身も持病を抱えていて体調が悪いとのこと。その上 娘さんとの意見の相違などで気分が落ち込んでいると仰っていました。お話を伺い 励ますことしか私には出来ませんでしたが、Tさんは感謝して下さり 話を聴いて貰って気が楽になったと仰ってくださいました。

私も早くカズさんにお会いしたいです。どうされているか心配でした。早朝散歩で湯島天神に詣でると、カズさんがいらっしゃる「ゆしまの郷」に足が向いてしまいます。近況は「ゆしまの郷」の家族会の方からのお手紙や写真では分かっているのですが・・。

また、もう一か所 敬聴に伺っているK有料老人ホームの方々のことも気がかりです。やはり早朝散歩で霊雲寺に参った際に、そのK有料老人ホームの前を通ってしまいます。お元気でしょうか。

敬聴活動は私自身も癒されていたとあらためて思いました。人生の先輩方のお話を伺っていると楽しく心も満たされます。敬聴ではお話のみならず、その方に寄り添うことが何より大切。肌感覚やお互いの体温伝達が大事なのですがね。

私の両親介護生活は12年余りでした。仕事を持ちながら、両親を一人で介護するのは なかなかのもの でした。でも振り返るに、自分も年を重ね 当時 両親に向けて言った言葉や行動が自分にも当てはまるようになってきております。

父母は「老いの姿」を見せてくれました。一人の人間の人生、生きざまです。介護は「老い」に対する心構えとその予行演習だった気もしています。無駄なこと等ありませんでした。今は介護をしてきて良かった、有難かったとさえ思っております。

『子供叱るな来た道だもの、年寄り笑うな行く道だもの。』




2021年6月25日金曜日

122) 【徒然に】心にのこる旅:「キエフ・モスクワと北欧」編 その6 ファンレター?

『あら? もう直ぐ夕食なのに何処へいらっしゃるの?』の問いに、

嘘をつくのも躊躇われ、あたりを見回し小声で ムンク美術館に向かう旨を伝えました。すると、やはり・・羨ましがられました。『私達もご一緒したいけど、あなたに迷惑をかけてしまうわね。』

そしてご夫妻は顔を見合わせ『もし可能なら・・、図録を何語でも構わないので買ってきて貰えないかしら。』と懇願されました。私・・引き受けました!

ムンク美術館へは 雨と夕方の帰宅ラッシュのせいで、タクシーで30分程かかりました。美術館には小学校1年生くらいの子供たちが10人位来ていました。お揃いの黄色い雨傘が館内に広げ干してありました。

ムンクの代表作『叫び』や『思春期』『マドンナ』等の暗いイメージで訪れた私は、館内の明るさと穏やかなふんわりとした雰囲気に少し戸惑いました。

そんな中、美術館で新たに出会った作品が『疾駆する馬』です。衝撃を受けました。絵の前で私は動けなくなりました!初めての経験です。真っ白な雪を蹴散らして 目を剥き狂ったように こちらに迫ってくる茶色の馬。飛びのく人。迫力満点で、まるで馬が絵の中から飛び出してきそうでした!

一方 会議室には、対照的に明るい色合いの『太陽』(複製画)が壁一面に飾られていました。後光がさしているように見えました。深遠な画家でした。ムンクは凄いとあらためて感動しました!私はムンクが大好きになりました。

エルミタージュ美術館で不完全燃焼に終わった無念を、私はここムンク美術館で晴らしました!思う存分に鑑賞できました。
そして盛り沢山だった旅も終わり、翌日には帰国の途に就きました・・・。

飛行機の中では、ムンクの図録を依頼した(今度は)奥さまの方から、当時 私がしていた ‘編み込み’ の仕方を教えて欲しいと頼まれました。お孫さんの髪を編んであげたいのだそうです。

お教えしていると、私の周辺に旅の仲間 数人が集まりました。皆さま、熱心に私の手先を見ていらっしゃいます。ツアー最終日 私は「にわか添乗員」から「かりそめ美容師」に変わりました!

帰国の翌日から
私は(都内ですが)三泊四日の出張に出ました。気も張っており、若かったので務めは全うできましたが、さすがに 無事仕事を終え自宅に向かう途中からは、疲れがピークに達しました。ヘトヘトでした。

帰宅すると、玄関で母が笑いながら「たくさん ファンレターが届いているわよ!」と云いました。

「ファンレター?」さっそく 自分の部屋に入ると、なんと 机の上には山積みの手紙(数えたら 20通程ありました!)とハガキが5~6枚、そして菓子折りが3箱 置いてありました!




錦糸公園




2021年6月15日火曜日

121) 【徒然に】心にのこる旅:「キエフ・モスクワと北欧」編 その5 ムンク美術館

北海道のTご夫妻とは 帰国後も連絡を取り合うほど 仲良くなりました。そしてお二人は夕食のみならず 朝食や昼食の時にも 私の席を取っておいて下さるようになりました。

そのうち 他のメンバーに対し私のことを「うちの娘!」と冗談交じりに吹聴しはじめました。メンバーの何人かは真に受け、また 訝しく思われた方々は私にその真偽を確かめにくるようになりました。

そんな中でのオスロ観光です。見学はノルウェー王宮やオスロ市庁舎、そしてヴィーゲラン彫刻公園などでした。足元の悪い階段で、私はかなりご高齢の女性の手をとり(手を繋いで)歩いたところ、他の方々にやきもちを妬かれました。依怙贔屓した訳ではありませんが、まずかったのでしょうか・・。

今回のオスロ観光には私の二つ目の目的である ※ムンク美術館は
入っていませんでした。しかし何としても行きたい場所の一つでした。私はひそかに添乗員さんにどこか途中(ムンク美術館に近いトイレ休憩所など)で降ろして貰えないかと頼んでおりました。

※ムンク美術館:画家エドヴァルド・ムンクの作品や生涯についての資料を展示している、ノルウェーのオスロにある美術館

でも 彼から『あなたがいなくなると皆さんが心配するし、一緒にムンク美術館へ行きたい等と言い兼ねません。一旦 ホテルに着いてから ‘こっそり’ 出かけて頂けると助かります。』とやんわり断られました。

さらに『ホテル到着後すぐに夕食となりますので、あなたの夕食は無しとなりますがよろしいでしょうか。英語は通じますから ホテルからタクシーを呼んで、そっとお一人でいらして下さい。』と言われてしまいました・・。

宿泊ホテルは館内ムンク一色でした。いたるところにムンクの複製画が飾ってあります。国の誉れ。市民から大切にされている画家なのですね。私は急いで
部屋に荷物を置き、すぐにロビーに向かいました。

すると・・、ツアーメンバーのK赤十字病院の院長ご夫妻から声を掛けられました。『あら? もう直ぐ夕食なのに何処へいらっしゃるの?』




2021年5月25日火曜日

120) 【徒然に】心にのこる旅:「キエフ・モスクワと北欧」編 その4 キエフの蚊

翌 2日目はウクライナの首都 キエフ観光です。聖アンドリーイ教会、聖ソフィア大聖堂、キエフ・ペチェールシク大修道院などを見学しました。

ここでも お仲間たちから「トイレはどこかしら?」とか「いま、ガイドさん 何て仰ったの?」そして「次はどこ行くの?」等々 問われるありさまです。にわか添乗員の私は大忙しです!?

お昼にはキエフ風カツレツ(ウクライナの郷土料理で、バターを骨なしの鶏胸肉で巻き、小麦粉、溶き卵、パン粉の衣をつけて焼くか揚げたカツ料理。)が用意されていました。とても美味しかったのですが・・。

尾籠な話ですが、その昼食時に トイレから戻ってきた 艶子さんという70代後半の方から「あなた、早く御不浄(トイレのこと)に行ってらっしゃい。一番奥のよ!」と言われ ビックリしたことを憶えています。

理由を伺うと「あなたの為に 便座シートで(トイレを)きれいに(掃除)してきたから、他の人が使う前に行ってほしいの。」とのお返事でした。なんとも ご親切な?方でした。せっかくなので・・ 、私は無理して行ってきました。

キエフのホテルはオリンピスキ・スタジアムの傍にあり、その夜はサッカーの試合があったらしく、観客の歓声で私は眠れませんでした。おまけにツアー客の中で私ただ一人が蚊に刺され、痒くて眠りが浅かったことも覚えております。

キエフの蚊はカトンボのように大きく しかも貪欲で、私が長袖のパジャマを着ていたにも関わらず その上から刺したのでした。「キエフの蚊、恐るべし!」

翌日は赤く腫れました。なぜ私一人が刺されたのでしょう。若かったからでしょうか? 心優しい旅の仲間たちは心配して下さり、ムヒやオイラックス、また病院の処方薬など、たくさんの虫刺され軟膏を分けて下さいました。さすが旅の達人、用意周到でした!

そして、次の訪問地 憧れのフィンランドで体験した本場のサウナ後は、ますます血行が良くなり、私の腕はさらに赤く腫れあがりました!




2021年5月15日土曜日

119) 【徒然に】心にのこる旅:「キエフ・モスクワと北欧」編 その3 エルミタージュ美術館

さて、第一日目はモスクワ市内観光。私は定番の世界遺産となった赤の広場」でネギ坊主の建築物 聖ワシリイ大聖堂などを写真におさめ、同時に旅の仲間たちのご要望に応え、記念写真のお手伝いもしました。皆さま、積極的かつマイペースです。

ただ、お一方のお手伝いをすると 次々に他の方々もお願いにきます。旧ロシア帝国の宮殿であるクレムリンやレーニン廟でも同様でした・・。

私には今回の旅で二つの目的がありました。その一つがエルミタージュ美術館でした。時間が気になります。(間に合うのかしら? エルミタージュって何時まで開いているのかしら。)気が急きました。

そして・・一時間後、モスクワからアエロフロートに乗り やっと!サンクトペテルブルクに着きました。フライト時間は1時間30分位でした。到着後はホテルに直行し チェックインです。しかし遅々として進みません。お元気だった旅の仲間たちにも疲れが見えはじめました。

添乗員さんに(エルミタージュの)閉館時間を尋ねると「エルミタージュはアジアからの団体客の場合、夕方からの鑑賞になっています。」と涼しい顔で仰いました。そして「白夜だし大丈夫ですよ。」と。曜日により21時まで開館とのことでしたが・・。

ようやく着いた 憧れのエルミタージュ美術館は、宮殿としての建物やその宮殿装飾、美術品は圧倒されるほど素晴らしく 言葉もありませんでした!

特に絵画部門はあまりにも壮観で私は茫然としました。しかし
美術館の鑑賞時間は短く限られており、私は館内地図と照らし合わせながら 目的の作品の所まで必死に進み、名作も逸品も目で追うだけの ‘全集中の10秒鑑賞’。勿体なかったです

イタリア絵画ではレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ、そしてラファエロの有名な作品。また オランダ絵画はルーベンスやレンブラントに ゴッホの名作の数々。そしてスペインからはエル・グレコにベラスケス、はたまた ゴヤやピカソの貴重な作品等など。

大好きなピカソ・コレクションは充実しており「青の時代」から「キュビズム」 初期の作品が中心となっていましたが、青の時代の『二人の姉妹』(訪問)を直に観れて私は感激しました! 

ただ、日が陰り 西日除けのカーテンのせいで 室内が薄暗く 見にくかったことを憶えております。その上、鑑賞時間が切迫しており 精神的にもゆとりがなく・・作品をじっくりとは観れませんでした。不完全燃焼です。とても心残りでした。

せめて(最低でも)一日は必要です。さわりだけ観るのは かえって酷だと思いました。次回は個人旅行しかないと私は心に決めました!

本郷給水所公苑








2021年4月25日日曜日

118) 【徒然に】心にのこる旅:「キエフ・モスクワと北欧」編 その2 異国の地下バー

旅のお仲間は 30代の添乗員さんと私(当時。今の私は浦島花子です)を除き、70代・80代の紳士 淑女の方々でした!皆さま 好奇心旺盛でマイペース。健啖家でもありました。 長寿の秘訣でしょうか。

最初の訪問地はモスクワ。到着まではかなりの長旅だったのに、皆さま お元気で疲れを見せませんでした。ホテルに到着後 すぐに夕食でしたが、現地時間で20時を回っていたせいか 豆料理中心の質素なものでした。ビール等もありません。

フライトの疲れもあり、私は早めに退散し 部屋で日本から持参したカップ麺でも食べようと思いました。一方、旅の達人たちは・・、各々 きちんと召し上がっておられました!柔な私とは違います。逞しいです!

そこに添乗員さんがあらわれ、小声で「この会場にはアルコール類はありませんが、地下に観光客向けのバーがあります。ちょっとしたおつまみも。別料金ですがドルもつかえますよ!」と仰いました。

もちろん 私は部屋での淋しい ‘カップ麵 ひとりディナー’ をやめ、異国の地下バーに連れて行ってもらいました!私を含め5~6名ほどの参加でしたが、そこには 何でも・・揃っていました。美味しいものが。「社会主義国って凄い!」と私は妙に感動したものです。

それで味を占めた訳ではありませんが、この晩 ご一緒し 親しくなった北海道から参加のTご夫婦と毎晩 観光地の宿泊ホテル内にあるバーに繰り出しました。最高に贅沢な旅となりました。

蛇足ですが、旅の最終日ヘルシンキでは、3人の両替し残った現地通貨(当時はマルッカ ペンニ)を集めて全て「※アクアビット(Akvavit)」にかえ飲み干しました!

※アクアビット:北欧のお酒でジャガイモを主原料にした蒸留酒。

翌日、第一日目は先ずモスクワの市内観光。世界遺産となった赤の広場に行き ネギ坊主の建築物 聖ワシリイ大聖堂を見て、旧ロシア帝国の宮殿であるクレムリンやレーニン廟などを観光します。

そしてその後は、いよいよレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)にあるエルミタージュ美術館へ。期待が高まりました!



ツルニチニチソウ(蔓日々草)
カニングハム・メモリアルハウス(MFYサロン)







2021年4月15日木曜日

117) 【徒然に】心にのこる旅:「キエフ・モスクワと北欧」編 その1 にわか添乗員!

コロナ禍で思い描いていた生活が一変しました。退職して多少時間が自由に取れるようになり「年に一回くらいは海外旅行を!」と目論んでおりましたが、ここ数年は無理なようですね。残念です。そこで今回は私の ‘忘れがたい旅’ を書かせて頂きます。

心にのこる旅と言えば 先ずマチュピチュをあげざるを得ません。回り道になりますが、マチュピチュに少し触れておきます。

これまで一番魂が揺さぶられた旅は 世界遺産の「空中都市マチュピチュ」です。さすがインカ帝国の遺跡、息を呑むほどでした! 特に マチュピチュ山から見下ろす「マチュピチュ遺跡」は黄金色につつまれ、神々しいオーラを放っていました。それまでの人生観が変わるほどのです。

前置きが長くなりましたが、今回は ‘別の意味で’ 印象深く忘れられない「キエフ・モスクワと北欧の旅」の話をいたします。

在職中にやっと頂いた夏季休暇で、7月中旬から12日間の旅行だったと思います。私はツアーに一人参加しました。早めに成田国際空港に着き、指定された搭乗受付カウンター付近を見渡しましたが、参加者らしき人は見当たりません。ご高齢の方が数人 屯(たむろ)しているだけでした。

早く着き過ぎたかと思い、辺りをうろうろしておりました。一周して元のところに戻ると、関西方面から合流の参加者を引き連れた 男性添乗員さんが、ツアー名と旅行会社名を書いた旗を持って現われました。うん? その参加者たちはかなりご高齢の方々ばかりです・・。

添乗員さんは私を見て「○○さんですか、こちらです。皆さん、こちらに集まって下さい。」と大声で仰いました。すると、先程から屯していたご高齢の方々も集まりはじめました。総勢・・40名くらいでした!平均年齢は75歳くらい。当時、私は30代前半でした。

やっと・・状況が読めました。私のお隣に並ばれた初老のご婦人は「あなたもご一緒? それは良かったわ。よろしくお願いしますね!」とにこやかに仰いました。他の参加者たちもこちらを見ています。

その時から、私は「にわか添乗員」になりました。


鳥越神社


クロッカス