2018年3月25日日曜日

44) 素敵な女流日本画家さん! その2

その素敵な女性とは、 I さんと言う有名な日本画の画家さんでした。お年は72才との事です。彼女はご自身の作品が載っている美術展の画集を手にしておりました。

I さんはパーキンソン病を患っているという事で、言葉は不自由でしたが、懸命に話され
、また画集の何冊かを私に見せてくれました。そしてハガキ大の写真に収めた、ご自分の作品を私に手渡しました。現在、施設1Fのロビーに飾ってある絵と掛け替えるものだそうです。セピア色の可憐な草花の絵でした。60号サイズ位はありそうでした。

その後も時間が大幅にオーバーする程、たくさんのお話を聴かせてくれました。

一所懸命に話される I さんのお話を、私は全身を ‘耳’ にして伺いました。
そして・・、I さんは私を見据えると 『 あなたも ‘わがまま’ に生きなさい! そして自分がしたい事はしておきなさい!』 と仰いました。
『 (生きるってことは) キレイ事ではないのだから。』 等と・・。

重みがあります、言葉の一つ一つに。I さんもいろいろとご苦労されたのでしょうか・・。

私は返す言葉もなく、I さんを力づける為に 『まだ、お若いです。母(生母)と比べれば・・。』 と言うと、 I さんは 『 病気(パーキンソン病)でなければね・・。 』 と静かに仰いました。余計なことを言ってしまったと後悔しました。(まだまだです、私は。)


それから I さんは、同じパーキンソン病で一年半くらい前に亡くなった、永六輔氏とは大の仲良しだったそうで 『よく お食事に行ったものよ。』 と懐かしむように話して下さいました。( ・・驚きました。実は永六輔氏とは私も些かご縁がありました。)

私が 『 母はもう87才ですが、いま闘病中で・・、でも頑張ってます!』 と伝えると、I さんは目を潤ませました。
 

彼女は私との ‘会話’ に満足されとても喜んで下さいました。そして私も学ぶところの多い時間を過ごさせて頂きました。
今度また、3Fにも是非に敬聴に伺いたいと心から思いました。

帰りがけに、I さんから教えられた 1Fのロビー真ん中の壁を見やると、見事な50号サイズの I さんの絵が飾ってありました。

清々しく凛とした、まるで I さんそのもののような白いコブシの花の絵でした!
早春に他の木々に先駆けて白い花を梢いっぱいに咲かせるコブシの花です。
別名 「田打ち桜」 とも言うそうな。

( 実施日:2018年1月21日(日) 14:00~15:30 )



岡本三丁目の夕陽

世田谷区岡本三丁目の坂から望む富士山


2018年3月15日木曜日

43) 素敵な女流日本画家さん! その1

今日はいつもの6Fフロアーではなく3Fで ‘敬聴’ するように事務の方に言われました。6Fにはインフルエンザに罹った方がいらっしゃるからだそうです。

内心はとても残念でした。なぜって?・・今日は今年初めての敬聴の日だったからです。
このお正月で105才になられた筈のカズさん(女性)や皆々さん、お元気でしょうか。お会いしたかったのですが・・・。

3Fに着くと6Fのフローとはテーブルの配置等が異なっておりました。
そして入所後 一週間のYさん(80才 女性)のお話を聴くことになりました。

Yさんは初めのうちは顔をしかめ、とても不安そうでした。
家族(娘さんとお孫さん)はお仕事があり忙しいので、この施設に預けられたと嘆いておりました。早く自宅に戻りたいので、リハビリの先生を待っていた!との事です。(でも・・、確かリハビリは日曜ってお休みのはずですが。)

わたし、リハビリの先生でなくて申し訳ないです・・。

しかしお傍でお話をし始めると、時おり、笑みも見せてくれました。

そうこうするうちに、テーブルの真向かいに、Hさんと言う82才の女性が介護士さんに身体を支えられ席に着きました。なにか独り言をブツブツとつぶやいておりました。

Yさんは『あのおばあちゃん(Hさんのこと)は歌がとっても上手なの。』『一曲 歌ってもらったら。』と私に勧めました。そこで私がHさんに一曲歌をお願いしてみると、Hさんは嬉しそうに「チューリップ」と「七つの子」を歌って下さいました。声がとても可愛らしく澄んでおりました。

更にリクエストをすると「どんぐりころころ」や「あめふり」、「夕焼小焼」等を次々にご披露して下さいました。とてもお上手でした。
年齢を重ねたせいでしょうか、私は さいきん 童謡をきくと胸がいっぱいになります。

そんな時、介護士さんから 『あちらの方がぜひ貴女とお話ししたいと仰ってます。』 と呼び掛けられました。 逆指名?


振り向くと、70代の女性の方がじっと私を見つめておりました。
とても素敵な方でした。でも・・、こんなケースは初めてです。


( 実施日:2018年1月21日(日) 14:00~15:30 )



岡山 後楽園前のポスト

岡山城

2018年2月25日日曜日

42) 【余談 3】

晩年、母は認知症になりました。でも、元気だった頃には、いろいろな方々をお呼びして料理を振舞うのが大好きでした。

私が友人たちを花火大会(以前 住んでいた板橋区の ‘花火大会’ は有名!)やお正月に招くと、口では『まったく、お友達を呼ぶなんて、忙しくて大変だわ! (あなたは)直ぐにお友達を家(うち)に呼んじゃうのだから・・。』等と言いながらも、嬉しそうに、いそいそと沢山の料理を拵えて(こしらえ)おりました。

友人の多くは私に会いに来ると言うよりも、母に会いに 延いては母の料理を目当てに遊びに来るのが常でした。また、ちゃっかりした友人などは、彼女のボーイフレンドや姉妹までも一緒に連れてくるような有り様でした。
そして母は、大目に拵えた料理の数々を全部(家族の分さえも残さずに)、招いた友人等にお土産として持たせておりました。

そんな母を (そして私をも) 父は頭(かぶり)を振りながら 「こんな狭い家に( 人様をお招きするような家でもないのに ) しょうがないなぁ。」 と言うような面持ちで、でもやさしく見守っておりました。素敵な父母でした。理想の夫婦でした!

年を重ね、足腰が衰えて一人では外出が困難になってくると、あれ程 ‘外’ に出ることが好きだった母は、滅多に出かけなくなってしまいました。

思うに・・、ご近所の方々に 老いて腰が曲がり、歩行が覚束なくなった姿を見せたくなかったのでしょう。ある日、やむを得ず出かける羽目になった母を一人では危ないと言うことで、従姉が手を繋いで歩いていた時のことです。運悪く(?)知人と出くわした母は、とっさに握っていた従姉の手を離したそうです。弱みを見せたくなかった母の ‘プライド?’ でしょうか。

その数年後、母はやっと入所できた施設のベッドから転落し、大腿骨を骨折し入院してしまいました。結局、それが原因で施設には戻れなくなり、病院を転々とする、いわゆる ‘病院お遍路さん’ になりました。

でも、何処に行ってもいつも前向きな母は、看護師さん達に可愛がられ、痴呆ながらも山形県の民謡 『真室川音頭』 を彼女たちの前で唄い、教えたりしておりました。周囲の人々から可愛がられる、とてもチャーミングな自慢の母でした。

さらに痴呆が進んでからも、ことある度に 『早く家に帰って、みんなに美味しい料理をご馳走したい!』 と言っておりました。

ただ、悲しいのは・・、病院が変わるたび (入院期間制限があるため)、自宅に帰れるものと勘違いした母は 『まぁ、こんなに(たくさん)皆が来てくれて! せっかく来てくれたのだから、今日はたくさんお料理を作るわね。』 等と言って、はしゃいでいたことです。いま思い出しても胸が熱くなります。

【そして序ながら・・】 そんな母の葬儀には、大勢の友が集まり、さながら (母に世話になった) 私の友人等による “友人葬(宗教団体によるものとは別)” のようでした。母の人徳でしょう。

新潟の友人(開業医)は 『なま仏に会いたかった!お母さんにとてもお世話になったから。』 と言い、忙しい合間をぬってお通夜に駆けつけてくれました。有難いことです。

そして、以前 お世話になっていた 特養の当時の介護士さん達4名も仕事着の短パン姿のまま かけつけて下さいました。口々に『○○さん(母のこと)には
とてもお世話なり、いろいろ教えて頂きました。』と涙ながらに仰って下さいました。痴呆の母が介護士さん達のお世話を? 一体、何をお教えしたのでしょうか。

「人間とは何か、プライドとは何か、そして痴呆になった人の ‘尊厳’ とは・・。」 など等を考える今日この頃です。

※ 因みに
【余談 1】はこのブログの 24) のプライド!に。
【余談 2】はこのブログの 27) の番外編「回想法」その2 に掲載しております。


【風花に佇む】
photo: (c) Hiro K
http://ganref.jp/m/md319759/portfolios

2018年2月15日木曜日

41) 『北朝鮮に行ってたの?』

カズさんは6Fフロアーではお姉さん的存在です!
誰も文句など言えません。だってフロアー 一のご長寿、‘100年もの’(このブログの35)に掲載)の103才ですもの。

カズさんは ‘健康診断’ によるお疲れのため、暫くの間、自室で休まれていたようですが、車イスに乗り
気だるげにフロアーに現れました。私を見つけると 『ああ、良かった! ○○さん (私のこと) 無事だったのね。』 『北朝鮮にでも行っていたのかと思っていたのよ。 毎日毎日 「○○さんを守って下さい!」 とあなたの無事を祈っていたのよ!』 と仰いました。  
「ええっ?!」 私は返す言葉が見つかりませんでした。

(カズさんは私のことを ‘安倍晋三総理の秘書’ と未だ頑なに信じているのです。
  詳しくはこのブログ 28) 29) に掲載)

でも・・、「まっ、いっか!」 お年寄りの ‘勘違い(妄想)’ など たいして罪にもならないでしょう。内容はともかく、私は ‘無事’ を祈って頂いて有難いと思いました。 

・・・さらに続きました。 『虎屋の羊羹を持って行ったの?』 と・・。なかなか具体的です!

そしてカズさんは 『今日はね、年一回の健康診断の日で、さっきレントゲンと血液検査、そして尿検査もしたのよ。』 と教えてくれました。さすが元看護師さんです。受けた検査内容を正確に教えてくれました。

他の方々は 『血を採られた!』 とだけ仰っておりましたが。

  最近 新しくカツコさん(80才 女性)と言う方が入所されました。毎日ご家族の方がお土産を持ってお出でになるそうです。(カズさん談)


そして、カズさんは 『(カツコさんの)お部屋はとても綺麗だから、あなたも見せてもらいなさい。』 としきりに私に勧めました。言い出したら聞かないカズさんです。
私は改めてカツコさんにご挨拶し、どうしたものか・・困惑し、お互いに顔を見合わせるよりほかはありませんでした。

でも・・、結局 私はカツコさんのお部屋にお邪魔することになりました。


カツコさんにご案内して頂き なかに入ると、そこには無駄なものが何も無く、さっぱりとした素敵なお部屋でした。
壁際のチェストの上には、サンスベリア(トラノオ)とクンシラン(君子蘭)、ドラセナ等の観葉植物の小さな鉢植えが置いてありました。
なるほど! 爽やかでスッキリとしたお部屋です。


一方 キクさん(99才 女性)は、白寿のお祝いに、施設から名前の入った ‘ひざ掛け’ を頂いたそうで、介護士さんから私も見せて貰いました。キクさんの元にその ‘ひざ掛け’ をお届けすると、とても嬉しそうに膝にかけておられました。


敬聴終了後、この日は今年最後の敬聴訪問日でしたので、お一人ひとりのお名前をお呼びして、年末のご挨拶と握手をさせて頂きました。

そしてエレベーターに向かう途中、いつの間にか エレベーター寄りのテーブルに一人 ぽつんと座ってらした、ミヨコさん(88才 女性)を見つけました。

ミヨコさんのお傍に行き、お名前をお呼びしてご挨拶すると、ミヨコさんはちょっと驚いて、 『あらっ、私の名前を覚えていてくれたの? ありがとう!』 『でも、ごめんなさい。私はあなたの名前を覚えていないの。』 と悲しそうに仰いました。
私は鼻の奥がツンとしました・・・。
 

奥のフロアー テーブルからは 『またね!』 と叫ぶ、カズさん達の声がきこえ、いつまでも笑顔で手を振って下さっておりました。

  ( 実施日:2017年12月9日(土) 14:00~15:00 )



水滴に閉じ込めて
photo: (c) Hiro K
http://ganref.jp/m/md319759/portfolios



2018年1月25日木曜日

40) ちぎり絵の「クリスマスツリー」

6Fフロアーに到着すると、いつになく閑散としておりました。
目を遣るとマリコさん(79才 女性)が一人でポツンと座っておりました。
あらっ、どうかしたのかしら?
 

すると、お馴染みの介護士Fさんが『今日は健康診断で、みんな疲れて部屋で休んでいるのよ。』とそのわけを教えてくれました。

早速 マリコさんの傍に行きご挨拶すると、とびっきりの笑顔で『あのね、先生(昨年の「観月祭」(このブログの 22)に掲載)以来、私のことを ‘お花の先生’ と呼びます。)にお見せしたいものがあるの。 一緒に来て!』とおねだりされました。初めてです、マリコさんから強請(ねだ)られたのは。


『見て欲しいものがある!』と軽快に車椅子でわたしを誘導し、エレベーター前の掲示板に貼ってある、クリスマスツリーの ‘ちぎり絵’ を指さしました。 どのちぎり絵がマリコさんの作ったものか、私は目を凝らして探しました。・・ありました! シンプルに一色だけの飾りをつけたツリーが。


しばらく眺めていると、マリコさんは『わたしのツリーは寂しいでしょう?』と(私の)様子を窺うように上目遣いに見上げて言いました。
私が『すっきりした素敵なツリーですね!』と言うと、マリコさんは満面の笑みを浮かべました。


そしてフロアーに戻ると、今度は
ご自分のお部屋から、上半分が塗り絵になっているカレンダーを3~4枚持ってきて見せてくれました。多色使いのごちゃごちゃした色合いがお嫌いらしく、こちらも2色の色鉛筆だけで塗られておりました。

それから、私の顔をまじまじと見て、『先生(私のこと)が活けたお花の写真をまた見せて欲しい!』とお願いされました。マリコさんは本当にお花が好きなのだと思いました。
もしかしたら、マリコさんも 昔 お花を習っていたのかもしれないと思いました。或いは「お花関係のお仕事」でもしていらしたのしら?


     ( 実施日:2017年12月9日(土) 14:00~15:00 )



バンクーバー 蒸気時計

ローズヒップ





2018年1月15日月曜日

39) 「お人柄」

とても久しぶりな気がしました。
私は朗読の会や長期の出張、旅行などで1ヵ月ほど施設に伺えませんでした。
皆さま、私のことを覚えていて下さるでしょうか。ちょっと・・心配でした。

いつものように6Fでエレベーターを降り、フロアーに目をやると皆さまお集まりでした。
カズさん(103才女性)は・・?   大丈夫、息災でした!
皆さまにご挨拶してカズさんの傍に行くと、『○○さん(私のこと)、久しぶりね。忙しかったの?』 『北朝鮮にでも行っていたのかと思ったわ!』とカズさん。

私は戸惑いを感じました。冗談でもなさそうな物言いで、『安倍総理も忙しいからね。』と続けた からです。そうです!カズさんは未だ私を「安倍総理の秘書」と頑なに信じているのです。

この日は介護士のFさん(彼女ともお馴染みとなり、最近は私を名前で呼んで下さいます)が 物置きにかかっている‘紺無地のカーテン’にリボンで飾りを作っておりました。
無地では淋しいので、明るく可愛らしくする為との事でした。ステキですね。

それを側にいた何人かのお年寄り達が見ておりました。几帳面なキクさん(98才 女性)は Fさんがリボン飾りを作るごとに、切り離されたリボンの切れ端を丁寧に束ねておりました。何度も。お人柄が出ますね。 私は暫し見とれてしまいました。

一方 カズさんは『最近(施設の代表者で理事長の)Y院長先生が回診にお見えにならないの。』 と心配そうに仰いました。『ご病気かしら?』と少し不安そうでした。面倒見の良い、もと従軍看護婦さんだったカズさんらしいです。

無意識のうちに、その方の ‘人柄’ というものが出るものだ とつくづく私は思いました。

でも・・、Y院長先生は大丈夫かしら?

 
 ( 実施日:2017年11月19日(日) 14:00~15:00 )



          
オーロラ 上: カナダ ラバージ湖 下:カナダ ホワイトホース



2017年12月25日月曜日

38) 「文京ボランティアまつり2017」 11月18日(土)

平成29年度の文京ボランティアまつりの見学に行ってきました。
『絵本をつくる本』(このブログの 37) に掲載)の編集者Mさんと一緒です。

「文京ボランティアまつり」とは、文京区での活動を中心とするボランティアや市民活動団体、またNPOや企業などが、体験や展示 そしてイベントステージやバザー、模擬店などで、遊びも交えて自分たちの活動を来場者に紹介する機会を設け、一方、来場者たちは楽しみながら諸々を体験できる ‘おまつり’ です。


各ボランティア活動への参加(希望)者を増やしたり、おまつりの参加者同士のネットワーク作りのきっかけにする事が目的だそうです。


そうすると・・、先日の『絵本をつくる本』(子供等と一緒にお年寄り達が、楽しみながら ‘自分たちだけの地図’ を作る)をこのボランティアまつりでご紹介したいと言う “我々の提案” の 「どこが趣旨にマッチしていないのか」、反対された理由が解りません。


なぜなら、傾聴ブースでは「色カルタ」(このブログの34)に掲載)を紹介し、他団体のボランティアの方々がゲームに参加していたからです。また、傾聴とはあまり関係があるとは思えない、ネームカードに付けるビーズのストラップまで傾聴ブースで売られておりました・・・。


私はあらためて、自分の目指す「敬聴」活動のあり方を考えました。

ちょうど、今年で「敬聴」ボランティア活動も3年目を迎えました。
私自身の「敬聴」に関するビジョンと「敬聴」にのぞむ ‘姿勢’ の再確認が必要でした。

① 主役は相手(お年寄りたち)。
② お年寄りたちに ‘つかの間’ でも心地よい時間、楽しい時間を提供する。
③ お年寄りたちに寄り添い、心の声を聴く。
④ 言葉にならない声(たとえば、その方の目の動きや表情、微妙なしぐさ等 ) をこころの眼で受け止め、敬って聴くこと。

つまり、相手の感情表現を見逃さずに聴く姿勢。
⑤ 今後は若い人達にも参加して(仲間になって)頂ける活動をする。


さて、今の私はどうでしょうか。きちんと出来ているでしょうか。



                八芳園


              ハウステンボス