それは介護療養型医療施設と特別養護老人ホームに、それぞれ入所していた養父母が最後に逢瀬(デート)をした素敵な場面です。15年ほど前のことです。まるで映画のワンシーンのようでした。
場所は薄桃色の桜が満開になった板橋区の城北交通公園。公園内ではサッカーに興じる中学生の歓声が湧き上がってました。若さ弾ける声でした。
一方、老いた父母にとっては人生最後のお花見デートでした。
両親の郷里である山形から、従兄が養父母のお見舞いの為に上京していました。
私たちは先ず母がお世話になっている特別養護老人ホームに行き、母を連れ出して父が入院している病院(介護療養型医療施設)に向かいました。
久しぶりに両親を対面させましたが、認知症の母は父のところに来ると不思議な事にシャキッとします。そして看護師さんが留め間違った父のパジャマの第一ボタンをはめ直しました。素晴らしい夫婦愛です。感動・・しました。
向かい側の患者さんへの注射を終え、通りかかった看護師さんは、その様子をみて目を見張りました。そして一言、「ステキですね。」と仰いました。
その後、私が父を車椅子に乗せて城北交通公園に連れて行き、従兄は母を車椅子に乗せて同じく公園に連れて来てくれました。
天気も良く暖かく、最高のお花見日和でした。のどかな春の一日でした・・。
ただ黙って二人はともに並び、桜の花を見上げてました。言葉はありませんでした。
私は胸が苦しくなりました。息を呑み、佇みました。まるで言葉など発してはいけないような雰囲気でした。時は・・静かに流れました。しばらくして、従兄が「写真を撮ろう!」と言ってくれました。私たちは車椅子を移動させ、一番きれいな桜のもとに父母を誘導しました。
すると父がいきなり隣の母の手を握りました。ビックリする母・・。おぼこのように恥じらい、手を振りほどこうとしました。決まり悪そうな表情です。でも、頑として父は握った母の手を離しませんでした。
あのような強引な父を見たのは初めてでした。実直でしかも年代的にも人前で女性の手を握る世代ではありません。意を決したかのような行為でした。
そして二人は写真に納まりました。生涯忘れられないほど 美しい瞬間(とき)の写真でした。心に沁みつきました。でも・・、時は無情に過ぎていきました。少し風も出てきたようです。
私は「このまま時間が止まり、二人の逢瀬の時間がずーっと続けば良いのに。続いて欲しい・・。」と切に願いました。
ただ、従兄も私もまだ昼食を済ませておりませんでした。 私は少しもお腹など空いてはおりませんでした。というより胸が一杯でした。でも男性である従兄は別です。しかも彼には山形へ帰る時間が迫っていました。
(・・・どうしよう?)
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