2024年5月22日水曜日

186) 【徒然に】異人たちとの夏

私には数多くのお気に入り脚本家がいます。例えば、池端 俊策氏、市川 森一氏、大西 信行氏、鎌田 敏夫氏、宮藤 官九郎氏、倉本 聰氏、野島 伸司氏、早坂 暁氏、三谷 幸喜氏、そして向田 邦子氏などです。その中でも大好きな脚本家の一人が、山田 太一氏です。彼は小説家としても素晴らしい作品を残されています。

山田氏は人々の日常生活での哀歓や心の揺れを描くことで知られています。松竹で木下惠介監督に師事し、監督の映画をテレビドラマに脚色する仕事を始めました。そして1973年『それぞれの秋』で、平凡な家庭が崩壊の危機に直面するさまをシリアスに描き芸術選奨新人賞を受賞しました。

その他、忘れられない作品は『男たちの旅路』『岸辺のアルバム』『沿線地図』『想い出づくり』『ながらえば』『早春スケッチブック』、そして何と言っても『ふぞろいの林檎たち』です。

小説としては『異人たちとの夏』が私は一番好きですが、この作品で1988年に山本周五郎賞も受賞しています。今や英語だけでなく、フランス語やドイツ語、タイ語など10以上の言語に翻訳されています。他には『終りに見た街』や『飛ぶ夢をしばらくみない』そして『冬の蜃気楼』等の小説もあります。

『異人たちとの夏』は1988年に映画化されましたが、何と36年ぶりの2023年にイギリスの名匠アンドリュー・ヘイ監督によりリメイクされました。『異人たち』というタイトルです。現在日本でも公開中です。(チラシ添付)

邦画『異人たちとの夏』:
妻子と別れ 孤独な日々を送るシナリオ・ライターが、ある日浅草で幼い頃に死別した若い父母そっくりな二人に出逢う。そして・・・。

山田太一氏の自伝的要素がつよいファンタジー映画です。不思議な時間と非現実な空間。懐かしくて情緒たっぷりの昭和の浅草と主人公の両親を演じた*鶴太郎さん、秋吉久美子さんが素晴らしく、今でも感動が残っています。

*キャストは風間杜夫さん、片岡鶴太郎さん、秋吉久美子さん等です。第一回山本周五郎賞を受賞した小説を市川森一さんが脚色し、大林宣彦さんが演出した異色作です。

そして、この作品は第12回日本アカデミー賞最優秀賞2部門受賞のほか、優秀賞11部門受賞、また第43回毎日映画コンクールの脚本賞・助演男優賞受賞のほかに1988年度の映画賞を独占しました。

私は公開中のイギリス リメイク作品『異人たち』をまだ観ておりません。時間がなく観に行けないのです。もどかしい思いをしています。

実は数年前、友人の一人に「山田太一氏には『異人たちとの夏』という素晴らしい小説があり、それが映画にもなった。一度 読むか 観てみてね。」と勧めました。

そして昨年、私は偶然にもNHKのニュースで、イギリスで『異人たちとの夏』がリメイクされるという情報を知りました。早速 その友人に伝えたところ、今年になって彼女から『異人たち』が現在 公開中であると教えて貰ったのです。

彼女は既に鑑賞してきたそうです。先を越されました。彼女から「鑑賞後の感想を言い合うのが楽しみ。」と言われました。私はどうしても、邦画の『異人たちとの夏』が また観たくなりました。それで・・AmazonでDVDを購入してしまいました。

私としては、先に公開中の『異人たち』を観に行くか、先日購入した邦画『異人たちとの夏』のDVDを観てから、イギリスのリメイク映画を映画館で鑑賞するか、迷えるところです。










2024年4月16日火曜日

185) 【徒然に】神田祭(四月大歌舞伎 片岡仁左衛門と坂東玉三郎)

念願が叶い先日、人間国宝の片岡仁左衛門さん(80歳)と坂東玉三郎(73歳)さんが共演する「四月大歌舞伎」に行って参りました。大好きなお二人の舞台に感動しました。魂を揺さぶられました。苦労してチケットを取った甲斐がありました。


夜の部の四世 鶴屋南北作『於染久松色読販(おせめ ひさまつうきなのよみうり)』は、惚れた男のために悪事をはたらく玉三郎演じる土手のお六と、凄みのある色気で悪に満ちた仁左衛門演じる鬼門の喜兵衛夫婦が活躍する人気狂言の上演です。
 
そして次の演目は清元の舞踊『神田祭』です。こちらが私の一番のお目当てでした。粋で いなせな鳶頭を仁左衛門さんが、艶やかな芸者を玉三郎さんが演じる至高のカップルの舞台です。江戸の粋 華やかな江戸風情が展開されて私は江戸時代にタイムスリップした気分になりました。

初めて玉三郎さんの舞台を観せて頂いたのは1985年12月、日生劇場で上演された『天守物語』でした。天守夫人富姫を玉三郎さんが演じ、相手役の姫川図書之助を真田広之さんが演じられました。当時青年座の座員だった友人からチケットを頂き、私は仕事を休み 彼女の代わりに観せて頂いたのです。席はなんと一番前の真ん中でした。

そして仁左衛門さんの舞台はたくさん観せて頂きましたが、一番印象的なのは2010年3月の「御名残三月大歌舞伎」。菅原伝授手習鑑『道明寺』での仁左衛門さんです。こちらも忘れられません。最高でした。歌舞伎座建替えのためのさよなら公演でした。

今回の舞台では仁左衛門さんの年齢を超越した圧倒的な色気に私は完全にノックアウトされました!至福のひと時でした。本当に行った甲斐がありました。観劇料の18,000円は安いくらいです。(こんなに良い席は年に一回くらいですが。)

そして玉三郎さんはどんな役をされてもひたすら高貴!美しすぎます。『於染久松色読販』の伝法な‘悪婆’と呼ばれるお六を演じてもです。

言うまでもなく、お二人の息はピッタリ! 特に花道での芝居 掛け合いは圧巻でした。‘男女の恋の濃密さ’がただよい、まさに二人だけの世界でした。ご両人の色香が舞台中 そして客席にまで広がり 息苦しくなるほどでした。至極のひと時を過ごしました。

同時代にあのような素敵な歌舞伎役者さんに出会えて有難いと思いました。上質で成熟した芝居、私は「ありがとう」の気持ちでいっぱいになりました。



























2024年3月29日金曜日

184) 【徒然に】新年度にむけて

退職してから随分経ちますが、今年ほど ‘年度末’ を身にしみて感じたことはありません。文京区での各ボランティア活動も4月からは新体制になります。それに伴い納めの活動も多々あり、忙しい日々をおくりました。

新年度の4月からも 文京アカデミア「学習推進委員」に選考され、継続して務めることとなりました。そして あらたに文京アカデミア「生涯学習司の会」を会長から依頼され、手伝うことになりました。各委員や区民のためのスキルアップ講座や研修会などを企画運営します。

学習推進委員は文京アカデミア講座の企画を担当します。また、委員長は応募された多くの企画の中から実際に開講する企画の選定も行います。委員個人での講座企画や委員会としての企画もあります。そして区民プロデュースの企画相談やコーディネートも担います。たいへんですが やり甲斐もあります。

特に、区民の方ご提案の企画をブラッシュアップさせて頂き、さらに魅力的な講座が出来上がった際には 自分が企画した講座と同じくらい(或いはそれ以上に)嬉しいものです。委員は客観的な視点、俯瞰的な立場でのアドバイスが求められます。

私は新年度から、区民プロデュース講座に応募される方々のための相談窓口(区認定の有資格者が交替で)に立つことになりました。講座を企画するお手伝いです。さて、どんな心躍る企画と出合えますか。楽しみでもあります。

(下記の写真は文京シビック大ホールの舞台裏などです)













2024年2月15日木曜日

183) 【徒然に】ヒロミちゃん

久々に風邪をひいてしまいました。検査をして頂きましたがコロナでもインフルエンザでもありませんでした。ただ、なかなか治りません。発熱が続き、怠いのと、喉の痛みや声がれがつらいです。

安静にし 癒し系の音楽を聴きながらベッドに横になっていると、ふと 古い記憶がよみがえりました。「前にもこんな事(こんな状況)があったような・・」です。

それは 遥か昔、私が中学生の頃です。やはり風邪をひき、学校を休み自室で寝ていた時のことです。熱も下がったので、氷まくらを外し音楽を聴きながら、とりとめの無いことを考えていると、部屋をノックする音が聞こえ「ヒロミちゃんがあなたにお見舞いだって!」と母の声。

「ヒロミちゃんって?」私は考え込みました。誰だろ? 学校の友達ならまだ授業中だし・・。すると、今度は母の友人のUさんから「お加減はどう? 孫のヒロミがね、どうしても○○ちゃん(私のこと)のお見舞いがしたいって言うのよ。」と声をかけられました。

「えっ、ヒロミちゃんって! まだ3歳なのに?」私は飛び起きて、軽く身づくろいをしドアを開けると、そのヒロミちゃんがアイスクリームの入った袋をぶら下げて立っていました。

私はもうびっくりでした。たまに絵本を読んであげたからでしょうか。何といたいけな子どもでしょう!

風邪をうつしてはいけないので「どうもありがとうね!」と少し離れてお礼を言い、お見舞いのアイスクリームを頂きました。ヒロミちゃんは「○○ちゃん、早く元気になってね。」と見舞ってくれました。彼女は私の最年少の友だちになりました。

なぜか今回 その時の光景が目に浮かびました。そして彼女はその10年後、私の家庭教師、最初の生徒さんになりました。





2024年1月16日火曜日

182) 【徒然に】いろいろな出逢い

昨年はたくさんの良い出会いと出逢いがありました。また旧交を温めることも出来ました。有難いことです。

朗読などを通してだったり、偶然の重なりもありました。偶然からはじまった必然でしょうか。哲学的なことは分かりませんが、とにかく嬉しい出逢いでした。大事にしたいと思っております。

昨年の秋には、その年の3月まで大学で教鞭をとっていた友人が、十数年ぶりに私のマンションを訪れました。たまたま 私も在宅しており、久しぶりに話に花が咲き、あっという間の3時間(4時間)でした。楽しい時間でした。

彼女とは住まいはそれほど遠くないのに、お互いの時間があわず、ご無沙汰状態でした。昨年は私の朗読会に
事情があり来れませんでしたが、今年の朗読会には来てくれるそうです。

彼女は大学で栄養学を教えていたので、江戸ものを語る私の朗読会では 江戸時代の庶民の食事などについて話して頂こうかと思っております。分かりやすく楽しい話をして貰い、ご来場頂いた皆さまに喜んで頂けたらと 今から企画を練っております。

そして、今年に入ってからも面白い出会いもありました・・。

私は昨年から「小津安二郎 生誕120年」のイベントをきっかけに、彼の映画を再び観はじめています。「東京物語」や「麦秋」「晩春」等などです。これも一種の懐古的出合いと言えますでしょうか。小津安二郎大全集のDVDは既に持っておりましたが。

実は大学時代 私は映研に属しており「戦艦ポチョムキン」から「雨月物語」「幕末太陽傳」などの古い映画はかなり観ておりました。その時に、小津監督をはじめ、黒澤明監督、「雨月物語」の溝口健二監督や「鬼婆」の新藤兼人監督等の作品もたくさん観せて頂きました。

あらためて昔の映画を観てみると 普遍性が高いとつくづく思います。大切にしなくてはと思いました。

先週の12日には江東区の古石場文化センターで開催された「第17回 江東シネマフェスティバル」に行ってきました。初めての場所で方向音痴の私は迷いましたが、途中に※小津橋もあり、この方向で間違いないと安堵しました・・。

※小津橋は親水公園の川(昔は今より大きく 舟で荷物を運んでいた)に架かっていますが、荷物の運搬のために 川の両岸に土地を持っていた小津家が架けたものだそうです。

さて、私はおかげさまで早めに会場に着き、イベント参加は無事に終わりました。が、終了後にセンター内の「小津安二郎紹介展示コーナー」を見入ってしまい、かなりの時間を費やしてしまいました。

帰りは日も暮れ真っ暗で、門前仲町駅の場所が分かりません。明るければ何とか分かったかも知れませんが。人通りもなく途方に暮れていると、前方に携帯を片手に駅に至る道を探している女性を見つけました。私と同じく道に迷っているのだと思いました・・。

やはりそうでした! 彼女と知恵を出し合い(?)一緒に駅まで行くことにしました。どんなに心強かったことか。彼女は開演間際に会場ヘタクシーで駆けつけたとのこと。取材のためだったそうです。彼女は某新聞社の文化部の記者でした・・。

話をしている内に意気投合し、門前仲町で軽く飲むことにしました。しかし彼女は社に戻って原稿を纏めなければならないということで、焼き鳥屋さんで30分程度のプチ飲み会となりました。こんな展開は初めてです。

次回を約束してお開きになりました。





*おまけ 浜松城(2023坂巡検)




2023年12月25日月曜日

181) 【徒然に】『文の京十八の町物語を聞く』より

「我が町」というテーマで原稿を依頼されました。とても光栄なことです。

文京アカデミア講座※『文の京十八の町物語を聞く』が六周年をむかえ その記念と、本年度で一区切りとなる『この講座』の集大成として記念誌が発行されることになりました。その原稿依頼です。

※『文の京十八の町物語を聞く』:文京の町に暮らし 町を愛している講師(語り部)が参加者に‘ご自分の経験や思い出’を語ります。むかし(子どもが)近所のお年寄りの周りに集まって地域の昔話を聞くような雰囲気の講座。そのため、机は置かず椅子だけのセッティングです。

語り部は、町会長・元大学教授・講談師・僧侶・宮司・和菓子屋さん・パン屋さん・飴細工師など等で、その内容は多岐にわたります。「生きた町の歴史と文化」を知る文京人が語るのです。

寄稿者は「語り部」としてご登壇された五十余名(実際の執筆者は三十名)の方々と講座に関わった我々スタッフ八名です。(私はこのような講座に携わることが出来て、良かったと思っております。)

さて、今の私にとって「我が町」と言えば湯島です。もう20年以上の居住となりました。私のライフワークの一つである“傾聴活動”も湯島です。ゆしまの郷やアリア文京本郷に傾聴ボランティアで伺っておりますが、大好きな町となりました。

『文の京十八の町物語を聞く』では、
講師を務められるご長老の方々に対し敬って聴かせて頂いておりますが、傾聴に伺う施設の入居者のお話をきく際にも 敬意を払って聴かせて頂いております。ゆえに「傾聴」ではなくて「敬聴」なのです。

その「傾聴活動」を通し あらためて湯島の町を見てみると「優しくて人情味あふれる良い町だなぁ。」とつくづく思うのです。因みに、湯島は老舗の名店も多く江戸の匂いがします。

湯島天満宮(湯島天神)の梅まつりの時には、入居者をお花見にお連れしたり、おみ足が不自由な方へは介護士さんが車イスを押してご案内したりされていました。観光名所が近くにある施設のご入居者は幸せだなと羨ましく思います。

湯島天神の菊まつりの時も然りです。ゆったりと美しい菊を眺めると、みんな和やかな笑顔になります。そんな町って素晴らしいと心底思うのです。

私は「湯島会」という町会に属しておりますが、毎年新年にはイベントで湯島天神初詣があります。みんな揃って本堂の内陣でお祓いをして頂くのです。厳かで身の引き締まる思いがします。湯島町会も最高です。

そして毎年五月下旬には、歴史ある「湯島天神例大祭」が開催されます。御神輿が出て、老若男女が半纏を着て威勢よく担ぎます。

祭典自体は五月二十五日に固定されていますが、鳳輦・神輿の渡御や神楽などの催し物は二十五日に近い週末に行なわれます。そして隔年ごと(西暦の偶数年)の本祭の土曜日に神幸祭として鳳輦と宮神輿(宮神輿は台車で渡御)が渡御します。また偶数年の日曜日には、宮神輿の担ぎ渡御する年と町神輿が連合宮入する年が交互に来ます。

御神輿は観ている者の気持ちまで高揚させてくれます。祭り好きの私は身体もこころも浄化されるような清々しい気持ちになります。

文京花の五大まつり(さくら・つつじ・あじさい・菊・梅)の内二つのまつりと天神祭の町、それが「我が町」湯島です。(写真は2023年 年末の湯島天神 他)

























2023年12月15日金曜日

180) 【徒然に】吉野山(金峯山寺)と高野山(金剛峯寺)その2

今回は高校時代の友人を誘っての旅でしたが、高めの旅行代の上に 宿泊施設と料理が楽しみだった彼女にとっては、宿坊や精進料理は期待はずれだったようです。(可哀想なことをしました。)お母さまの介護問題で疲弊している彼女の気分転換になればと思い、聖地に誘ってみたのですが。

高野山の宿坊は(高野山に限らないかも知れませんが)外国人目当てのところが多く、なんと一泊198,000円というお宿もあるようです。まさに外国人ファースト。ご時世とはいえ釈然としませんでした。友人には食事に関しての修行となってしまいました。 

私はパンフレットの記載はともかく あまり料理には期待をしておりませんでした。吉野の老舗旅館(芳雲館)では国産の松茸の天婦羅も出ましたし、そこそこの料理だったと思います。

しかし高野山の宿坊(赤松院)の精進料理には正直 私もガッカリしました。本来の精進料理の意図から外れ 全ての料理が冷たく天婦羅はカピカピで冷めていました。冷凍料理をそのまま自然解凍したように思えました。

観光でいえば、吉野山ではグループごと(私たちは二人)に3時間 自由なタクシー観光が組み込まれており、普段はあまり訪れないであろう※吉野町の史跡、西行庵に行けたので私は満足しました。そこはまさに侘び寂びの世界でした。

※歌人である西行法師が出家後、三年間 侘び住まいをした場所、奥の千本。内部には西行像が置かれている。

「蔵王権現」さまへの参拝については前回記載した通りです。
高野山の宿坊(赤松院)でも朝のお勤めがありましたが、こちらは略式でした。宿の本堂で行われましたので友人も参加しましたが、ここでは僧侶のみで我々はお経を唱えませんでした。ちょっと物足りなかったです。

その後、私にとって四度目の参拝となった高野山奥之院で 初めて弘法大師空海さまへの食事「※1生身供(しょうじんぐ)」の※2儀式を拝観しました。念願が叶い たいへん満足しました。

※1生身供:今なお ここで生き続けているとされる弘法大師さまへの食事のこと。

※2奥の院御廟橋(ごびょうばし)手前の御供所にて調理された食事を嘗試(あじみ)地蔵での味見を経て、2人の僧が白木の箱に納めて御廟へと運んでいく。先頭には案内人の維那(ゆいな/僧侶の職名)が歩き、御廟橋を渡って燈籠堂の中へ食事をお供えした後、読経して再び御供所へと戻ってくる。

朝食として6時、昼食としては10時半の一日2回捧げられています。何と1200年間も続いているそうです。厳かでとても感動的な儀式でした。

吉野山の「蔵王権現さま」の夜間拝観、そして高野山の「奥之院」での生身供 拝観、こうして二つの聖地への旅はおわりました。


高野山駅



生身供の儀式




広目天像 (2015年造立
仏師 松本明慶作)

壇上伽藍 六角経蔵


多聞天像(1819年造立)
持国天像(1819年造立)

増長天像(2015年造立 仏師 松本明慶作)




大塔の鐘