大江健三郎さんでした! その方は。私はパニック状態、混乱しました。なんだか狐につままれたような気分です。とりあえず私は軽く会釈をしました。
すると、大江さんはホッとし嬉しそうに2~3歩私の方に近づいて来られました。私は慌てて「今から先生のご講演を拝聴しに行くところです。」とだけお伝えしました。頭が真っ白になり、ご本人を前にしても早く会場に行って良い席を取らねば等と考えてしまう私でした。
大江さんは優しい笑顔で「ああ、良かった!では貴方は場所をご存知なのですね。わたしも一緒に連れて行ってください。」と(お返事)頼まれました。(私がご案内?でも私はとびっきりの方向音痴。)情けないことに不安がよぎりました。
「私もここは初めての場所で、いま地図をみて確認したところです。」とやんわりと申したのですが、大江さんはにこにこと私の横に並びました。
大江さんとは道すがら、ご長男の光さんのお話をしました。その日はご自宅でTVを見ていると仰っていました。大江さんは紳士でありながら、お茶目で可愛らしい方だと思いました。
暫くすると、同じく講演会にいらした年配の方々から「あのう、あなたは(大江さんと)お知り合いなんですか?」とか「一緒について行っても良いですか?」等と尋ねられました。
そして、15~6分くらい歩いて行くと、某カルチャーセンターのお偉い方と思しきご夫妻が大江さんに近づいて来られました。顔見知りの方のようでした。大江さんを待っていたようです。でも 関係者ならご自宅にお迎えに行くとか、せめて改札口付近でお待ちする等、幾らでも方法はあっただろにと私は思いました。
その方々と二言三言ご挨拶を交わした後、大江さんは私の顔を見て「ご一緒に連れてきて頂き どうも有難うございました。」とご丁寧なお礼を仰いました。そしてカルチャーセンターの方に「此の方に、ここまでご案内して頂きました。」と私を紹介して下さいました。
某カルチャーセンターのお偉い方は、畏まって私にお礼を述べました。大江さんは終始にこにことされています。大江さんの素晴らしいお人柄に触れられて私は大感激しました。
後日、私は友人達にこのエピソードを「これからは私のことを ‘やんごとなき 此の方’ と呼んで。」とジョークを交えながら話しました。
さて、ご講演で大江さんは亡くなれれた安部公房さんの話もされました。私はその日、安部公房さんのご著書『方舟さくら丸』を持っておりました。
余談になりますが、帰宅後、母に一連の話を伝えると「なぜ絶好のチャンスだったのに、尊敬している大江さんにサインを頂かなかったの。まったく積極性がないんだから。」と言われました。不甲斐ないと思ったようです。
でも・・、いくら大江さんと安部公房さんが仲良しだったと言えども、他の作家の本にサインはして頂けません。失礼です。むしろ当日、大江さんの本を持参しなかった私の落ち度です。前日に安部公房さんが亡くなられていなければ・・。残念ではありましたが懐かしい思い出です。
電車を間違えるのも “時には” 良いものですね。そしてその一年後の1994年
大江健三郎さんはノーベル文学賞を受賞されました。 合掌