J大学の脳外科教授室で 学会誌の論文編集をしていた頃、査読委員をされていた放射線科のK教授から※『薔薇の名前』と言う、長い上下二巻の本をお借りしました。
※『薔薇の名前』:ウンベルト・エーコが1980年に発表した小説。中世イタリアの修道院で起きた連続殺人事件。事件の秘密は知の宝庫ともいうべき迷宮の図書館にあるらしい。記号学者エーコがその博学で肉づけした長編歴史ミステリで、全世界で異例の大ベストセラーとなり、1986年には映画化もされた。本好きと見込まれたようです。が、正直言って苦手な分野の本で困りました。しかし・・、 読まずに返却は出来ません、感想の一つも述べないと。医局の先生方に伺ってみると、口々に「難しそうな本なので、お断りした。」と仰いました。 懐かしい思い出です。
今回、faceboookで【7日間のブックカバ―チャレンジ】というイベントがあった際に、この本をご紹介された方がいらしたので思い出しました。
結局、私は(情けないのですが)何ヶ月もかけて読み上げました。年表まで作り、登場人物を書き出してです。ショーン・コネリー主演の映画も観て、読解の参考にした次第です。
さて、そのK先生ですが、無類のワイン通で 当時は(J大学の放射線科教授にご就任される前)大阪から御茶ノ水にあるJ大学と本郷のT大学に講義のために通われてお出ででした。その頃は、脳の画像診断が出来る放射線科医は少なく、K教授はまさにその道のオーソリティでした。
東京での講義を終えると、新幹線を待つ間 いつも東京駅の大丸デパートに寄って、ワインを一本一本手にとり 眺めていたそうです。想像ですが、売り場の方に質問もされたと思います。
先生は外見も 帽子が良く似合う 背の高い上品な紳士であり、ワインに精通され 造詣が深いので、終いには、ワインGメンに間違われ、大丸デパートのGMから「顧問になって欲しい!」とスカウトされたとか。医局の先生からお聞きしました。
また、無類の食通でもあり、店の格とか有名店にこだわらず、本当に美味しい店のおいしいものを良くご存知で、いつも美味しいものを嬉しそうに召し上がっておられました。
例えば、ご出張で上野駅発着の列車をご利用された場合は、ランチ用の駅弁としては「深川めし」をご購入。大学で講義後のご昼食は、和洋中 それぞれお好きなお店でのランチを。時には、奥さま手作りのサンドイッチ等もありました。私もご相伴させて頂いたことが何度かあります。(とても美味しかったです!)
或る時、ランチに誘われ 本郷の老舗蕎麦屋さんにご一緒いたしました。お店の二階にある床の間に掛けられていた掛軸の漢詩を、情感豊かに中国語で読んで下さいました。その後に解説して下さった漢詩の内容は、ことさら心に響きました。
そして 肝心な私のお仕事、論文査読の際ですが、(私は教授室に呼ばれます。)教授室にはクラシック音楽が流れており、先生の脇机にはステッドマン医学大辞典や医学書、また英英辞典、独和辞典や仏和辞典まで置かれていました。時には私が確認のため 該当する単語を引くなどし使用させて頂きました。優雅な時間でした。
先生は英語のみならず、独学で学んだと言う フランス語が美しい発音で素晴らしく、「会話の中で、原語(その国の言葉)でジョークが言えるくらいでないと まだ本物とは言えない。」と 日頃から仰っていました。
博学な先生のお話は とても面白く勉強になりました。まるで女子大の教授のようでした。そう申し上げると「僕もその方が 楽しかったかもしれないなぁ、」と笑って仰いました。そして「あなたに いろいろ話を聴いてもらって 僕も嬉しいですよ。」と仰って下さいました。
亡くなられる少し前に 病室を見舞った際には、下記の自費出版された非売品の本を下さいました。私の宝です。心よりご冥福をお祈り申し上げます。 合掌